某医療機関での日常

現代医科学恋愛ファンタジーというわけのわからないジャンルの創作文置き場。 小説というカタチを成していないので読むのにいろいろと不親切。たまにR18。 初めての方は「世界観・登場人物紹介」カテゴリを一読の上でお読みください。

有頂天高原旅行記 最終回

(ホテル前)

完「では帰りましょうか」

鈴「旅行、楽しかったですね!」

完「本番はここからです」

鈴「え?」

完は携帯電話を取り出すと、自宅の母に電話をかけた。

完「もしもしお母さん?

  今から帰るから。

  …うん。だから夕食は3人分用意しておいて。

  それじゃあ」

完が電話を切ると、鈴はきょとんとしていた。

完「これから僕の実家に寄ります」

鈴「え!?」

完「大丈夫です。僕の母はそんなに厳しくありませんよ。

  バレンタインデーのチョコケーキも

  おいしく味見していましたし」

鈴「でででででも私こんなラフな格好で」

完「有頂天高原で遊ぶならそれが普通です」

(某県 国道)

鈴「どうしよう…顔が好みじゃないとか言われたら…」

完「僕が母に軽くビンタしておきますから大丈夫です」

車内ではジャズピアノが静かに流れている。

完「母がどう言おうと僕の気持ちは変わりません。

  もし母が認めなくても、僕は鈴さんと駆け落ちします」

鈴「うさぎさん……」

鈴は感動した!

しばし無言の時が流れる。

鈴(うさぎさんとこうしてると安心する…)

鈴は隣の完の顔を見ていた。

完「ん?僕の顔に何かついてますか?」

鈴「いっ、いえ、なにも…ついクセで」

完「運転席の人を凝視するのがクセなんですか?」

鈴「うさぎさんを見つめるのがクセです」

完「……………………」

赤信号で車が止まる。

完は、自分のほうをむいたままの鈴に軽いキスをした。

鈴「なっななななにするんですかぁ!」

完「いつぞやのふいうちのおかえしです」

鈴「え、ふいうちなんてしましたっけ?」

完「瞼に何かついていると嘘をつかれました」

鈴「そんな昔のこと根に持ってたんですか」

完「僕にとってはそんなに昔ではありません」

そうこう言っているうちに信号がかわる。

中畑家はもうすぐそこだった。

(某県郊外 中畑家 リビング)

完「ただいまー」

和「おかえりなさい、お連れの方は?」

完「同じ職場の柏木鈴さん」

鈴「こ…こんばんは…」

和「あらーかわいらしいこと、鈴ちゃんっていうの?」

鈴「かわいらしいだなんてそんな…」

完「とりあえずあがりましょう」

鈴「はい」

完と鈴は玄関を上がり、ダイニングテーブルについた。

和「ちゃんと3人分用意したわよ、鮭のマリネ」

完「ありがとう。僕からのおみやげはこちらの鈴さん」

鈴「えっ!?」

完「結婚を前提におつきあいしてます」

和「あらあらまあまあ、お祝いしなくちゃ」

鈴「まっまだ早いですよぉ」

和「またまたぁ、有頂天高原で仲良く旅行してたんでしょ?

うちの完をよろしく頼むわね。

いろいろと不器用な子だけど根はやさしいのよ」

完「どうせ包丁もろくに持てないよ」

玲央医大では3食つきの寮に入っていたため、

完には料理の経験がほとんどなかったのだ。

鈴「わ、私も料理の腕はほめられたモノではありませんから…」

和「チョコケーキおいしかったわよ~気が向いたら

  バレンタインじゃなくても作ってほしいわ」

和は夕食をテーブルに置きながらそんな冗談を飛ばす。

鈴「あのこれ、つまらないものですが…」

鈴は紙袋から有頂天高原土産のクッキーの詰め合わせを

和に差し出した。

和「あらあら気を使わせちゃって…

  食後にみんなで食べましょ。

  書斎にもあとでお供えしなきゃね」

完「それは僕がやるよ」

和「あらそう?じゃあ、せきについたらいただきます」

完・鈴「いただきます」

食事が始まる。

席順は以下の通り。

鈴 完

和「若いっていいわね~~」

並んで座る二人を見比べながら和は上機嫌だ。

和「私とお父さんも、よく有頂天高原でデートしたのよ」

鈴「本当ですか?」

和「本当よ。そのころの写真が今でも残ってるわ」

完「父と母は本当に仲良しで、見ているこっちが

  恥ずかしい夫婦でしたよ」

鈴「見られないのが残念です。お悔やみ申し上げます」

和「今は書斎の本が忘れ形見ね」

そんな会話をしながら食事は進む。

鈴「おいしいですね、鮭のマリネ」

和「よかった~。完のお気に入りなのよ」

完「僕の誕生日は決まって鮭のマリネです」

鈴「私も作れるようにならないと…」

和「あらあらいいのよ、おうちのことは私にまかせて。

  鈴ちゃんだってお仕事あるでしょ?」

鈴「それは…完さんと相談の上で…」

完「うーん…鈴さんひとり増えたところで

  家計に負担はないよねお母さん」

和「そうねえ、家はもう立ってるしローンも終わってるし」

完「鈴さんさえよければ、家に入ってもらえると

  母も退屈しないでしょうし…

  でも、急に辞めるわけにもいきませんね」

鈴「私の後任が見つかれば、辞めるの自体は簡単ですが

  …私、今のお仕事気に入ってるんです」

和「そうよね、無理して辞めることないわ」

完「お母さん、毎日ハムスターとしか会話できなくて

  寂しいって言ってたような気がするんだけど」

鈴「えっ、その…お母様ってハムスターと会話できるんですか!?」

和「あっはっはできないわよいやだわ鈴ちゃんったらうふふ」

和は笑いのツボに入ってしまった。

和「うふふ、とにかく今のお仕事気に入ってるなら

  精一杯がんばってちょうだい。

  おうちのことは今まで通り、そこに鈴ちゃんが増えるだけ。

  いいわね、完?」

完「僕はいいけど…鈴さんは?」

鈴「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」

和「あら大変、肝心なこと忘れてたわ」

完「何?」

和「鈴ちゃんはハムスター平気かしら」

鈴「平気ですよ。ハムスターかわいいですよね」

和はその一言を聞いて胸をほっとなで下ろした。

和「うちには今6匹のハムスターがいるのよ、見る?」

鈴「6匹!?見たいです見たいです!」

和「みんなでクッキー食べたら、見に行きましょ。

  その頃にはみんな起きてくるはずだから」

そしてお茶の時間が始まる。

和「鈴ちゃん、完とはどうやって知り合ったの?」

鈴「完さんの弟さんの紹介で…」

完「奇妙な合コンさせられて知り合ったんだ」

和「あらあらどんな奇妙な合コンだったのかしら」

完「鈴さん以外名札つけてない合コン」

和「ずいぶんとあからさまねえ」

鈴「そのあからさまな合コンで草餅とあだ名をつけられました…」

完「僕はうさぎさん」

和「ちょっwwwどこから出てくるのその名前www

  草餅…うさぎ…ぷっ、うっふふふあははは」

完「ここは笑うところだから気が済むまで笑っていいよ」

鈴「職場でもそう呼びあってますしね」

和「何かの暗号みたいっくふふふ」

完「とはいえ職場は別々だから食堂でしか会えないけど」

和「あら、最終の看護師さんじゃないの?」

鈴「私は情技の看護師です。だから同じ情技の弟さんの紹介で…」

和「情技にいるの?お父さんに会ったことあるのかしら」

鈴「私は担当ではありませんでしたが、お顔を見たことは

  食堂で何度かありました」

和「うちの完、お父さんに似てるでしょ」

鈴「言われてみると…そうですね」

和「でも、あの特異体質は遺伝しなかったのよ」

鈴「弟さんのアレですか」

和「知ってる?おもしろいのよねアレ」

完「まったくあの歳になってまでいじられてるなんて

  了は職場を間違えたんだよきっと」

そんなことを話しながら、お茶とクッキーが三人の胃の中におさまってゆく。

和「さてと。みんな起きてきたかしら」

鈴「ハムスターですね!楽しみです!」

完「何匹いるんだっけ?」

和「おじいちゃんおばあちゃんおとうさんおかあさん男の子女の子で6匹よ」

鈴「三世代!」

(某県郊外 中畑家 元了の部屋)

了の部屋の東側の壁面には、ラックが備え付けられ

そこにハムスターのケージが6つ綺麗に並んでいた。

鈴「みんな一人部屋なんですね~うわ~回ってる回ってる」

和「その回し車で回ってるのがはじめちゃん。おじいちゃんよ」

鈴「おじいちゃんですか…」

完「おじいちゃんと孫で3ヶ月くらいしか離れてないんだっけ?」

和「そうよ」

鈴「ええ!?」

そんな会話をしていたら、すっかり遅くなってしまった。

和「鈴ちゃん、今日はここに泊まっていったら?」

鈴「え、でも…」

完「明日は僕の車で一緒に職場まで行きましょう」

和「明日はお荷物まとめてここに帰っていらっしゃいね」

完「気が早いよ和さん」

鈴(うさぎさんちにお泊まり…うさぎさんの部屋…!)

鈴は興奮していた。

(某県郊外 中畑家 完の部屋)

完「狭いシングルベッドですみません」

鈴「いえいえおかまいなく…」

まず目についたのは机と本棚。

机の上は整然としているのに、本棚のまわりには

本タワーがいくつかできていた。

完「乱読するので散らかってしまって…あとで片づけます」

鈴(完さんのいい加減な一面!)

完「鈴さんはその間にお風呂…あ」

鈴「なんですか?」

完「下着の替えとか足りませんよね…」

鈴「大丈夫です。念のため1泊分よけいに持ってきてますから。

ただ…服は今日と同じになってしまいますけど…」

完「ハンガーにかけてファブリーズでもしておきますか」

鈴「そうですね」

鈴は本のタイトルを読もうとしたが、

鈴(…みんな英語だかドイツ語だかで読めない…)

挫折した。

学習机にはノートパソコンが置かれていた。

鈴(うさぎさんのネット履歴見たい…)

完「あ、星空の写真を渡す約束でしたね」

鈴「そ、そうでしたそうでした」

完はノートパソコンを機動し、デジカメから記録メディアを取り出した。

メディアをノートパソコンに差し込むと、

自動で写真がノートパソコンに取り込まれてゆく。

それが終わると、

完「鈴さんのデジカメのメモリーカードを貸してください」

鈴「はい」

鈴はこの時、旅行前にデジカメの画像を全削除しておいた自分に感謝した。

コスプレ画像がたくさん入っていたのである。

完は鈴の写真を取り込むと、さきほど取り込んだ星空の写真を

鈴のメモリーカードにコピーした。

完「これでOKですね。なにもしないのも悔しいので、

  フェイスブロックには蝶の写真でもアップしましょう」

完は慣れた手つきでフェイスブロックに蝶の写真をアップロードした。

「渓流の蝶」という題をつけて。

鈴「綺麗ですね…」

そのとき、部屋のドアがノックされた。

和「お風呂わきましたよ~」

完「はーい」

いつものクセでドアに向かいそうになる完だったが、

完「一番風呂は草餅さんに譲ります」

鈴「えっ、いいんですか」

完「父が生きていた頃、僕は二番目でした。だから…」

鈴「…わかりました」

完「タオルなどの場所は母に聞いてください」

鈴「はい」

鈴は部屋をでて、階段を降りていった。

完のフェイスブロックに、早速コメントがついた。

了:夏休みおめでとう

二宮:やることやったんだろうな?

矢野:幸せになれよ!

完(そういえば柏崎はドイツか…)

柏崎のフェイスブロックは大変なことになっていた。

題:結婚します

柏崎と雪が並んで立った写真がアップされていた。

写真の下には

「同盟規約の最終項目を参照のこと」

と書かれていた。

A:くやしいが君の勝ちだ

B:絶対に幸せにすること

など、礼英最終の医師からだと思われるコメントがずらりと並んでいた。

龍崎:おめでと~~☆

卯月:禁酒令は続行です。お幸せに

完「みんなマメだなあ…」

二宮:やりやがったなこの野郎!(笑)

矢野:一発殴らせろ!(笑)

完も一文書いた。

完:結婚式には呼んでください(笑)

(笑)は二宮と矢野にならってつけただけで

深い意味はなかった。

(某県郊外 中畑家 浴室)

鈴(シャンプーもリンスもひとつずつしかない…

  うさぎさん、母上のシャンプー使ってるんだ…

  そして今日は私もこれを使うんだ…!)

同じシャンプーの香りをまとって職場にゆく二人。

鈴は妙にドキドキしていた。

鈴(うさぎさんと同じにおいになれる!なってしまう!)

シャンプーもリンスもボディソープも

鈴のときめきを爆発させる材料になってしまう。

鈴(早く洗わなきゃ…)

鈴は念入りに髪を洗うと、リンスに手をのばした。

鈴(あ…すごいいい香り…)

シャンプーの時は気づかなかったが、やけに香りのたつコンディショナーだった。

鈴(これってひょっとしてあのイエースイエースイエース!のアレかな…)

その香りをまとった完を想像してみる。

鈴(最終のお医者さんがときめいちゃうようさぎさん!)

そのあとは光の早さで完受けの妄想を走らせるのだった。

入浴後、鈴はドライヤーで髪を乾かし、完の部屋へ向かった。

(某県郊外 中畑家 完の部屋)

ノックの音。

鈴「お風呂あがりましたー」

完「お疲れさまでした」

フェイスブロック巡りをしていた完は、

ノートパソコンをそのままにして立ち上がった。

完「僕がお風呂に入っている間お暇でしょうから

  インターネットでもしていてください」

鈴「いいんですか?」

完「セキュリティソフトは入れていますが、

  あまり危ないサイトには飛ばないでくださいね」

鈴「はい」

完「では、行ってきます」

完は階段を降りていった。

鈴(さてさて…)

鈴は完のネットサーフィン履歴を参照してみた。

ips細胞、再生医療などの医療情報などが大半で、

あとはロシアンブルーの画像が大量に出てきた。

鈴(ロシアンブルー、本当に好きなんだなあ…)

不用心なことに、フェイスブロックまで

ログインしたままになっていた。

鈴(こ…これはいじらないほうがいいよね)

鈴は詮索をやめ、自分のツイッパーを開いた。

そこに完からもらった星空の写真をアップした。

「有頂天高原最高でした!」とのコメントをつけて。

ロッソ:夏休みおめでとう!

鈴:ありがとう!楽しんできたよ!

ピアノ:リア充おつ~!!

鈴:うさぎさんかわいいよハァハア

プリモ:おみやげよろしく!

鈴:ふっ、ぬかりはない

そのコメントと一緒に、携帯で撮ったクッキー詰め合わせをアップした。

ツイッパーだけなら携帯でもできるので、鈴は別のサイトを見ることにした。

鈴(pixyなら大丈夫かなあ…ああでも大量にBL画像あるし…)

鈴は完のノートパソコンで一体なにを見たらよいのかわからなくなっていた。

鈴(…ハムスターの様子でも見に行こうっと)

鈴はパソコンをそのままにして部屋を出ていった。

同時に完が階段を上ってくる。

完「ご用事ですか?」

鈴「ハムスターが見たくなったので」

完「一緒に見ましょうか」

鈴「はい」

ふたりは元・了の部屋に入った。

となりあったケージで、顔を寄せあい

挨拶を交わしているかのように見えるハムスター。

完「一緒にしておくと、たちまち増えますから」

鈴「そうですよね…」

完「唯一このおじいちゃんハムスターだけ、さわれます」

鈴「他の子はダメなんですか?」

完「いえ、僕が恐がりなだけです」

鈴「ハムスター、さわってみたいです」

完「じゃあこのおじいちゃんを…おいで」

ケージの扉を開けると、「はじめ」がのそのそと

完の手の上に乗ってきた。

完「はい鈴さん、パス」

鈴「はい」

受け渡されるハムスター。

鈴「かわいいですね~~~」

完「ええ。母も親バカならぬハムバカですよ」

鈴「完さんみたいな息子さんもいて、ハムスターもいて、

  お母上は幸せですね」

完「いずれは鈴さんもここに…なんて…だめですか?」

鈴「私、結納金を稼がないといけません」

完への結納品といえば、高級な腕時計だろう。

鈴の給料では当分かかりそうだった。

鈴「うさぎさんの腕にはロレックスを…」

完「父のお下がりですがもう持っています」

鈴「あああ……」

完「おっと」

鈴の手からハムスターが滑り落ちそうになっていた。

そこを完がキャッチする。

完「ハムスターはこのくらいにして、そろそろ寝ますか」

鈴「はい…」

若干気落ちした鈴とともに、完は自室へ戻った。

(某県郊外 中畑家 完の部屋)

完「あらためまして狭いベッドですが…」

鈴「ふたりくらい寝られますよ!あ、でも

  うさぎさんがベッドから落ちないように

  うさぎさんは壁側で…」

完「いいえ鈴さんが壁側で。僕はこのベッドから落ちたことは

  一度もありません」

鈴「私が落としちゃうかもしれないじゃないですか」

完「そのときは一緒に落ちましょう」

鈴(心中!)

完「あと、母は防音室で眠りますが今夜は禁欲ということで」

鈴「ぼ、防音室?」

完「父が弟と同じ体質ですから…その…声が」

鈴「ああ…なるほど…でもそれで防音室ですか…」

ふたりでベッドに腰掛けて話していると、

完が壁掛け時計の時刻に気づいた。

完「もうこんな時間ですか。パソコンは終了して

  そろそろ僕たちも寝ましょう」

鈴「はい」

狭いベッドにふたりでもぐりこむ。

必然的に二人の体は密着することになる。

鈴「息子さんこんばんは」

完「おやすみなさい」

鈴「うーさーぎーさーーん」

鈴の手が完の股間にのびる。

完「ダメです。下手にさわると悪化します」

鈴「私の看病じゃダメですか?」

完「良すぎてダメです」

鈴「どっちなんですかそれ!?」

完「どっちにしてもダメです。さあ、寝ますよ」

鈴「うさぎさんのケチ…意地悪……」

完「もう夜遅いんですから寝ますよ草餅さん」

鈴「ぶーぶー」

完「ああ草餅さんが豚になってしまわれた…」

鈴「違いますよ!ブーイングです!」

そんなとりとめのない会話をしながら

ふたりはいつしか眠りに落ちるのだった。

秋へのプレリュード

(国際医療福祉機関礼英 第3食堂)

完は旅行、柏崎は出張、二宮は手術。

ぼっち飯が確定した矢野は第3食堂に来てみた。

矢野(おお…患者も一緒に飯食ってる…)

食事介助が当たり前の最終とは違う光景だ。

その中に見慣れない制服の男を見た。

矢野(理学療法士…なんでここに?)

矢野はその理学療法士に近づいてみた。

矢野「あのー」

叶具「はい!自分は今日秋祭りの打ち合わせに来ました!」

よく見るといつぞやの体育館で見かけたメンバーだ。

了「最終の矢野先生ですよね?どうしたんですか今日」

矢野「あっちでぼっち飯確定したからこっち来てみた」

鈴木「最終は手術だの出張だの多いからねえ」

矢野「約一名夏休みとってる奴がいますけどね」

了「私の兄です…」

矢野「あ、ほんとだ中畑…って、似てないなー」

了「よく言われます」

矢野「ここ座っていい?」

皆「どうぞどうぞ」

席順はこうなった。

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長瀬  青木  鈴木

マカポー 了  叶具 矢野

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叶具「秋祭りにバンド演奏するんですよ」

矢野「マジで!?オレもやりたい」

青木「楽器なんですか?」

矢野「アルトサックス」

マ「バンドにサックスってアリなのカ?」

青木「あるよ。見たことある」

叶具「これが旋律とコードの楽譜です」

矢野は楽譜に目を通した。

矢野「ぶっ、この歌考えたの誰よ?」

青木「オレとKINGの彼女でーす」

矢野「なに?KING彼女いんの?うらやまー」

叶具「矢野先生こそ彼女いないんすか?モテそうなのに」

矢野「ほめてもなにもでねぇぞ」

矢野はオムライスをつつきながら楽譜を見る。

青木「そこにドラムソロとサックスソロと

   ギターソロ入れてー」

矢野「しっちゃかめっちゃかだなww」

鈴木「ソロなんて自信ないよww」

叶具「ドラムソロ入れてくれるんですか!?」

叶具はナポリタンを飲み込むと全力で食いついた。

青木「叶具はまだ若いから衰えてないっしょ」

叶具「家で電子ドラム叩いてますよww

   生ドラム叩きてえー!って思いながら」

矢野「ジャズ出身なんだけど大丈夫?」

青木「アドリブはききます?」

矢野「コードさえわかってれば」

青木「じゃあ矢野先生にはメロディをソロでやってもらってー」

矢野「メロメロにしてやんよ」

叶具「ちょww矢野先生ww」

矢野「8月のジャズフェスタに参加できなかったから

   たまってんだよ」

叶具「ああー盛り上がりますもんね某県ジャズフェス」

マ「コミパラ行きたかったでござる…」

矢野「同僚の中畑はリア充爆発してるしよー」

鈴木「バンド演奏に嫉妬をぶつけないww」

了「うちの兄がすみません本当に」

矢野「いいよいいよ、あのくらいしないとあいつ奥手だから」

長瀬「草食系じゃなくて微生物系だっけ」

マ「まさかのカシワギサン攻」

了「ありうる…」

了たちの予想はわりと当たっているのだった。

秋祭りは10月。

ハロウィンに染まる礼英で、

毎年およそ医療機関らしからぬ盛り上がりを見せる。

祭りに花を添えようと、

打ち合わせと練習は何度も重ねられるのだった。

有頂天高原旅行記 5

(有頂天高原 アルパカパーク)

鈴「すごい!みんな名前がついてますよ!」

完「こんなにたくさんいて、把握できるんですかね…」

係員「花ちゃんの撮影会はじまりまーす」

花ちゃんというのは、

以前繊維会社のTVCMで人気を博したアルパカである。

「ニラパケッソ」という謎の掛け声で人気である。

鈴「わあーもっふもふ~!!」

完(さすがにほかのアルパカとは手入れが違う)

係員「シャッター押しましょうか?」

鈴「はい!」

完と鈴は花ちゃんをはさんでポーズをとった。

完「餌付けもできるようですよ」

鈴「中には入れないんですね…」

完「入ったら大変なことになりますよ」

鈴「唾かけられるんでしたっけ」

実際、アルパカ同士で唾のかけあいが起こっていた。

完「この中を餌付けするのは勇気がいりますね…」

鈴「そっとこのへんから見守ることにしましょうか…」

店員「かき氷いかがですか~」

完「かき氷食べます?あそこのベンチで」

鈴「はい!」

店員「お好みのシロップをかけてどうぞ」

完「自分でやっちゃっていいんですかこれ」

店員「どうぞどうぞ」

完「では僕はイチゴを…草餅さん?」

鈴「う~~~~んどれにしよう……」

鈴は本気で迷っているようだった。

完「僕はイチゴにしますから、他のものにすれば…」

鈴「練乳!練乳にします!練乳だけってだめですか?」

店員「いいですよ~」

完「じゃあ僕も練乳いちごにしようかな…」

夏の風物詩には若干遅れたが、

ふたりはベンチにすわってかき氷を食べることにした。

鈴「練乳オンリーはおいしいんですよぉ」

完「ミルクアイスみたいになりそうですね」

鈴「味見しますか?」

完「では失礼して…」

完は自分のストロースプーンで鈴のかき氷をすくうと

口に含んで味わう。

完「んん~…なんだか懐かしい味がします」

鈴「ですよね!」

完「こっちのイチゴミルクも味見しますか?」

鈴「ありがとうございます!それじゃあ…」

鈴も完にならっていただく。

鈴「ん!イチゴミルク!って感じですね!」

完「かき氷なんて食べるのは久しぶりです」

鈴「私もです~もう感動です~~」

鈴はかき氷に感動していた。

完「時間が余ったのでオルゴール博物館にでも行きますか?」

鈴「オルゴール博物館!?はい!是非!」

(有頂天高原 県道)

完の車の中では、クラシックが流れていた。

鈴「あの…その…」

完「はい?」

鈴「今日は好きにしていいって…」

完「けがはさせないでくださいね」

鈴「そのくらいはわかってます!」

完「それにしても気が早いですね」

鈴「だって…うさぎさんがかわいいから…」

完「草餅さんもおとなしくしていればかわいいですよ」

鈴「どういう意味ですかー?」

完「そのままの意味です」

そんな会話をしているうちに、

完の車はオルゴール博物館に着いた。

(有頂天高原 オルゴール博物館)

鈴「お…おおきい…」

完「グランドピアノかと思ったらこれオルゴールなんですね」

鈴「あれなんて柱時計にしか見えません…」

完「このおおきなテーブルのようなのもオルゴールですね…」

係員「定刻となりましたので、オルゴールを演奏します」

ふたりの他に数人しか客はいない。

係員はオルゴールの説明をし、ネジをまわしてオルゴールを次々と動かす。

オルゴールといっても多種多様で、

中には小さなオーケストラのように見える物もある。

共通しているのは、普段見かけるようなオルゴールよりも

ずっと大きいということだ。

装置が大がかりなぶん、音も多様で迫力がある。

オルゴールの演奏が終わると、博物館の中は静まり返った。

鈴「すごかったですね…」

完「いい時間にこられて良かったですね」

鈴「そうですね。ナイスタイミングです」

完「そろそろ宿に向かいましょうか…」

鈴「えへえへ」

完「草餅さん…破廉恥なこと考えてませんか?」

鈴「え!?いいえぜんぜん!!!」

(有頂天高原 有頂天グランディホテル1025室)

鈴「ベッド広いですね~」

完「大浴場もありますよ、あと貸し切り風呂も」

鈴「貸し切り!?」

完「1時間だけですけどね」

鈴「貸し切り風呂入りたいです!」

完「夕食の後にしましょう」

完は通常運転だった。

夕食後。

完は貸し切り風呂の鍵を借りてきて、風呂の扉を開けた。

鈴「わあ…なんだか洞窟みたいですね…」

完「明かり取りの窓から月あかりがさしていますね」

鈴「本当…すごい…」

完「入りましょうか」

鈴「はい」

なぜか脱衣所では背中合わせの2人だった。

ひとしきり洗いっこして、湯船につかる。

鈴はにこにこしていた。

完「何かいいことでもあったんですか?」

鈴「これからあるんです」

完「よほど楽しみなんですね…」

完は大きくため息をついた。

鈴「嫌なんですか?嫌なんですか!?」

完「嫌とはいいませんが…情技の人ってみんなこうなのかなと…」

鈴「そこは個人差です」

完「本当ですか?」

鈴「はい。のぼせる前にあがりましょう!」

鈴はタオルでガードしたまま湯船から出た。

完もそれに続いた。

完「あんまり乱暴にしないでくださいね…」

鈴「大丈夫です、やさしくします」

髪や体を拭きながらそんな会話をかわす。

完「少し湯疲れしたので休ませてください…」

鈴「えっ、大丈夫ですか?」

完「冷たい水でも飲んで横になっていれば大丈夫です」

鈴「冷たいお水ですね、わかりました」

ふたりはいったん部屋に戻り、鈴が自販機で

ペットボトルの天然水を買ってきた。

鈴「はい、どうぞ」

完「ありがとうございます」

完は天然水をゆっくりと飲んでいる。

柏崎の炭酸水のように一気飲みはしない。

半分ほど飲んだところで、完はベッドに横になった。

鈴「あ、そうだ」

鈴はアルパカパークでもらってきたうちわで

完の顔をあおいだ。

完「ありがとうございます。きもちいいです…」

鈴はそのうち完が眠ってしまうのではないかという

不安にかられた。

そういえばふたりとも髪をかわかしていない。

風呂上がりの浴衣のままで過ごしていた。

鈴「そういえばここ、ホテルなのに浴衣なんですね」

完「温泉のあるホテルは大抵そうだと思いますよ」

完は起きあがった。

完「十分休まりました。ありがとうございます」

鈴「もういいんですか?」

完「髪をかわかさないと」

鈴「そういえばそうですね」

~ドライヤータイム~

完「ホテルのドライヤーって弱いですよね」

鈴「弱いですよね~」

完「さあ…どうぞお好きになさってください」

完はベッドの上に正座してあらぬことを言う。

鈴「そ、そんな覚悟キメなくてもいいですよ、

  リラックスリラックス…」

完「どうせ僕はこれから猛獣鈴さんに喰われる運命…」

鈴「やさしくしますから猛獣って言わないでください~」

そう言いながら鈴は完の浴衣の帯をほどいた。

鈴「そのまま横になってください」

着くずれた浴衣のままで完がベッドによこたわる。

鈴「本当に嫌だったらそう言ってくださいね…」

鈴は完に軽く口づけをした。

完「今くらいのキスなら大歓迎なんですが」

鈴「浅いのがお好きなんですね」

完「深いほうは慣れていないので…」

鈴「じょじょに慣らしていきましょう」

鈴は完にもう一度口づけると、

ゆっくりと舌を完の歯列に這わせた。

鈴「お口…あけてください…」

完「…………」

完が少し口を開けると、鈴は角度を変えて

完の口内に侵入した。

完「ん……んん………」

鈴の唾液が完の口内に甘くとろけた。

鈴は離れ、完は夢をみているような表情を見せた。

完「鈴さん……僕…ここまででいいです……」

鈴「えっ」

完「今すごく満足しています…」

鈴は迷った。

ここでポイントをかせいでおくか、それとも

好きにしていいと言われたからには喰うか。

鈴(く~~、うさぎさんの罪つくり!)

鈴は完に抱きついた。

完「あ……」

鈴「完さんの息子さんこんばんは」

完「こ…こんばんは」

鈴「さわってもいいですか?」

完「……はい…………」

完は恥じらいを見せた。

だが、その表情は鈴の欲情をかきたててしまうのだった。

鈴「下着脱ぎましょうね~」

こうなると仕事だか私事だかわからないのが看護師である。

完の下着は張りつめていた。

それを器用に脱がせる鈴。

鈴「こんばんは~」

鈴は「完の息子さん」にあいさつした。

鈴「いただきまーす」

そして、下から舐めあげたのちに亀頭を口に含んだ。

完「ちょっ…鈴さん……」

鈴は聴く耳を持たない。

飲み込むように完の半身を口で愛撫する。

鈴「んっんっ……んっ…」

完「そんな…そんなにしたら……鈴、さん…」

完は鈴の頭に手を添えた。

それは合図だった。

完「もう……う……鈴さん…!」

鈴「んっ…お口に出してください……」

完「そんな…の…ダメ…ぁ………」

鈴の愛撫は激しかった。

考えている余裕などなかった。

完は勢いよく鈴の口内に熱い精を放った。

鈴はといえば、それをのこさず飲み込んでしまった。

完「鈴さん!大丈夫ですか!?」

鈴「……ごちそうさまでした」

鈴は笑顔で完の視界に戻ってきた。

完「ごちそうさまでしたって…全部飲み込んでしまったんですか?」

鈴「はい」

完「マズかったでしょう」

鈴「苦しょっぱかったです」

鈴は完にまた抱きついた。

鈴「でも満足してるからいいんです」

鈴はおきあがって、洗面所へ向かう。

鈴「ちょっとお口ゆすいできますね」

ひとり呆然とした完を残して鈴は去った。

完(てっきり上に乗られると思ったのに)

そういえばわきの下もくすぐられていない。

鈴は「かわいい鈴さん」でいてくれたのだろうか。

完(猛獣鈴さんに喰われる覚悟してたのに)

鈴が戻ってくる。

鈴「ただいまです」

軽いキスをする。

完はおもむろに自分の浴衣を脱ぎ始めた。

鈴「ど…どうしたんですか」

完「さっきまでので満ち足りましたか?鈴さん…」

鈴(誘い受けー!!)

完「僕は僕なりに覚悟してたんですが、

  それが無駄になったようです」

鈴「いっいえそんな無駄になんか」

鈴(完さん乳首見えてる乳首!)

完「では、悔いの残らないようにしてください」

鈴「う…おさむさん…じゃあ……」

鈴は完の乳首にすいついた。

完「ひゃっ!鈴さんダメですそこはくすぐったい!

  やめてください!あははははは」

鈴「き、気持ちよくないですか?」

完「くすぐったいだけです」

鈴「完さんってふつうの人と感覚がズレてるんですね…」

そう言って鈴は今度は完のわきの下をくすぐりはじめた。

完「あ…」

鈴「気持ちいいんですか?」

完「よくわかりませ…んんっ…はあ…」

鈴「外科医さんが自分の体を把握してないんじゃ」

完「僕は脳外科医です…ふ…ううっ…」

結局その夜鈴は猛獣と化し、

完に二度目の射精を強制するのだった。

情技での日常

マカポー「できたでござるー!!」

(国際医療福祉機関礼英 職員寮 深夜)

マカポーは自室のPCでユカリンを描いていた。

それがたった今できあがったのである。

ユカリンというのは、イミテーションボーカリスト

最も人気のあるキャラクターである。

それゆえ描き手も多い。

マ「これぞ至高のユカリン…今までで最高の出来!!」

マカポーは興奮しながらPixi(ピクシィ)のウェブページを開いた。

ユカリンの絵を投稿するためである。

マ「情報入力…題名ユカリン、

  説明などノーセンキュー!投稿!」

マカポーはPixiにユカリンを投稿すると、

ツイッパーにも報告し、

マ「あとは野となれ山となれィ!」

と言いながら眠りについた。

翌朝。

(国際医療福祉機関礼英 情技 技術室)

長瀬「マカポー、ユカリン見たぞー」

マ「見てくれたでござるか!」

長瀬「ブクマ余裕!コメントしといたからあとで見て」

マ「長瀬は神様か!神はここにいたか!」

ユカリンのように描き手の多い絵は、

そこそこ上手くても他に埋もれてしまい、

Pixiのようにユーザーの多いサイトでは

見過ごされてしまうことも多い。

マカポーの絵はブックマーク、いわゆる

お気に入りに入れられることは多かったが

ランキング等に載ったことはなかった。

「そこそこ上手い」のである。

了「はーどっこらしょっと…」

長瀬やマカポーとは向かいの席の了が腰をおろす。

了「ああ…心配だ…」

長瀬「またかよ」

マ「あとは野となれ山となれって言ってたジャマイカ

了「兄さん天然だから何やるかわかんないんだよ…」

了の心配ごとは、今旅行中の完のことである。

青木「おつかれー」

青木はデータの入ったUSBメモリを手に戻ってきた。

青木「あ、マカポーユカリン見たよー」

マ「神が!神はここにもいたか!」

青木「透明感のある絵だね。オレああいうの好き

   …ってブクマコメントに書いといた」

了「ネタバレじゃんw」

青木「ごめん」

マ「ええんじゃあええんじゃあ、ブクマしてくれてその上

  コメントまで…長瀬と青木は神様じゃあ…」

了「ごめんオレ見てない」

長瀬「ツイッパーからリンク貼ってあるよ」

了「あとで見るわ」

マ「今回のは自信作でござる!しかしオレはまだまだ

  至高のユカリンを目指して描き続けるでござる!」

マカポーは闘志に燃えていた。

ロッソ「青木先生ー、栄さんが呼んでますよー」

青木「はーい」

栄(えい)というのは情技に入院しているピアノ教室の先生だ。

聴覚で入院し、しばらく経つ。

なので補助装置も小型になり、

起きている間中使用できるようになっていた。

(国際医療福祉機関礼英 情技 廊下)

青木「あ、栄さん」

栄「青木先生、頼まれていた物できました」

青木「ホントですか、助かります。あとでお礼します」

栄「いえいえ、楽しかったです。

  主旋律にコードつけただけですけど」

青木は栄から紙の束を受け取ると、

青木「めんどくさーい…♪」

と歌いながら技術室に戻っていった。

(国際医療福祉機関礼英 情技 技術室)

青木「栄さんがめんどくさい歌のコード譜作ってくれたー」

了「おおー」

長瀬「これで堂々とギターかキーボード募集できるな」

マ「今のままで十分だと思うのダガ」

青木「さすがにベースとボーカルとドラムだけじゃ」

了「中間が足りないよなあ」

鈴木「何の話してるの?」

仕事とは全く関係ない話をしている時に

先輩に声をかけられ、4人はあわてた。

鈴木「ベースとボーカルとドラムがどうかした?」

そこまで聞こえていたのなら話は早い。

青木「バンドのメンバー募集してるんですよ」

長瀬「総合病院の待合室の掲示板で」

鈴木「そんなところに貼っても情技の人には伝わらないでしょ」

青木「そういえばそうだった…」

了「かといって何か自由に掲示できるところって他にないんですよね」

鈴木「確かにねぇ…で、ギター募集かあ…」

青木「鈴木さんギター弾けます?」

鈴木「学生の頃にバンドやってたよ」

長瀬「バンドやりませんか!?オレはバックダンサーで」

マ「拙者はエアキーボードで」

了「長瀬はともかくマカポーそれww」

鈴木「いいねえ、ちょうどギターだったからマッチだね」

青木「やったー!!」

長瀬「でも歌はこんなんですけど」

長瀬がコード譜を差し出した。

鈴木「なにこれwwめんどくさーいwww」

マ「今年のマツリに間に合うんじゃナイカ?」

マツリとは。

機関での秋祭り「秋桜祭(しゅうおうさい)」である。

腕のある者は講堂で思う存分披露し、

医師も患者もなく盛り上がる祭りである。

祭りの後にはスタッフの打ち上げも待っている。

鈴木「いいねえこれ秋祭りにやろうよ」

了「歌詞が不適切でなければw」

鈴木「いいんだよ楽しければ」

青木「鈴木先輩がそう言うなら」

長瀬「鈴木先輩がそう言うなら」

マ「鈴木センパイ責任重大ダナ」

鈴木「やめてよ~」

鈴木は笑った。

鈴木「若い人たちに混ざってやりたいだけなんだから」

如月「何?何の話?」

室長までもがかぎつけてきた。

長瀬「今度の秋祭りにバンド演奏やろうかと…」

如月「バンドといえば琉球貨物が来るよ」

青木「琉球貨物!夏しか活動しないあのバンド!!」

マ「同じステージに立てるなんて奇跡ダナ」

青木「どうしよう緊張してきた…」

如月「大丈夫大丈夫、琉球貨物はトリだから」

トリ、すなわち最後である。

如月「ちなみに機関長はペットボトル大合奏やるって」

了「そんな計画がすすんでいたのか…」

如月「栄さんもピアノ弾くし、楽しみだね」

了「栄さんも出るんですか!?」

如月「もう何回も外泊してるし、もうすぐ卒業記念ってことで」

青木「栄さんいなくなっちゃうのか…」

青木は肩を落とした。

如月「こらこら、おめでたいことなんだから」

如月は青木の背をぽんぽんとたたいた。

如月「バンドの音響は問題ないよ。

   あのポスターが貼られた日から

   機関長が用意してたし」

青木「本当ですか!?」

青木の顔がぱっと明るくなった。

如月「バンドのことになると表情豊かだね青木先生」

青木「そうですか?」

元のとぼけた顔に戻る青木だった。

如月「あれでしょ?あのめんどくさい歌でしょ?」

マ「バレテーラwww」

如月「機関長絶賛してたよ、若いっていいねーって」

その時、にわかに廊下がさわがしくなった。

ピアノ「大丈夫ですか!?ビリーさん!!」

如月「なにがあったの?」

ビリー「」

言語で入っていたビリーは、装置をはずしていた。

その場に倒れ込み、申し訳なさそうに頭をかいていた。

やがて起きあがると、スケッチブックにマジックで

「じぶんでじぶんのスリッパふんでころびました」

と書いた。

如月「装置つけてたらタダじゃすみませんよ」

ビリー「(深々おじぎ)」

ピアノ「スリッパはやめたほうがいいかもしれませんね。

靴のサイズはわかりますか?」

ビリーはスケッチブックに

「26.5」

と書いた。

ピアノがその場から立ち去り、ナースステーションに向かった。

マ「Don't worry.You or She or It will be fine.」

マカポーが「心配ないさ」と声をかけると、

ビリーはマカポーとハグした。

了「こういう時のマカポーかっこよすぎ」

マ「いつもはヘタレだと申すカ」

長瀬「だからおまえはドコで日本語覚えたんだよ…」

ピアノが戻ってきて、スニーカーをビリーに差し出す。

マ「Please wear these shoes.」

ビリーはスリッパを脱いでスニーカーを履いた。

如月「スリッパも禁止にしたほうがいいかなあ…」

元より如月が廊下で派手に転んだことで

ナースサンダルを除くサンダルは禁止になっていた。

如月「あんまり入所者の服装にうるさくしたくないんだけど

   こういうことが今後あると大変だからね。

   ピアノさん、入院時の心得に書き加えておいて」

ピアノ「はい」

ピアノは再びナースステーションに戻っていった。

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(国際医療福祉機関礼英 情技 技術室)

青木「なにこれ……」

青木は今日とってきたばかりの基礎データを見ていた。

了「どうした青木」

青木「この人脳波変だよ、寝てるのに起きてる」

了「どれどれ、うわほんとだ」

脳波の基礎データは患者に鎮静剤を打って

眠った後に測定する。

そこには安定した睡眠の波形が写るはずなのだが

この患者に限ってそうではなかった。

青木「最終行きかなこの人…」

了「総合かもよ」

鈴木「どれどれ、あーあーこれは最終じゃない?」

長瀬「最終の何科ですか」

鈴木「精神科」

情技には、まれに精神的な原因で感覚器官を

やられてしまった人間が来るのだ。

自家中毒である。

ここまで来てしまうと、総合ではなく最終になってしまう。

マ「…幻聴カ?」

長瀬「かもしれないな」

青木「聴覚で来たんだよこの人。何も聞こえないって」

了「何も聞こえてないのにこの脳波はおかしいな」

鈴木「最終にまわす?」

青木「その前に患者の様子見てきますわ」

青木はひとりで該当の患者の部屋へ行った。

(国際医療福祉機関礼英 情技107号室)

青木「失礼します」

椎(しい)「先生たすけてください!この装置をつけると

  悪口が聞こえてくるんです!

  部屋から一歩も出てないのに…」

青木「じゃあ装置はずしましょうか」

椎「でもそうすると何も聞こえないんです…」

青木「悪口を延々聞かされるよりはマシでしょう」

椎「この部屋何かいるんですか!?」

青木「貴女のほかには何もいませんよ」

椎「嘘!嘘よ!!」

患者は錯乱していた。

如月「ちょっとごめんねー」

如月がプリモとともに注射台を持ってきた。

プリモ「ここに腕をおいてください」

椎「悪口が聞こえなくなるお薬ですか?」

如月「そうです。これからしばらくの間ゆっくり休めますよ」

椎「私…寝ても寝ても寝た気がしなくて…」

如月「この部屋よりよく眠れる部屋にご案内しますから。

   眠っている間にすぐ済みます」

プリモ「ちょっとチクッとしますね~」

プリモは椎の腕に注射をした。

注射したのは速効性の睡眠薬で、

青木がデータを取る時に投与したものより遙かに強い。

青木「装置はずしますね」

椎「はい…」

青木が装置をはずして椎をベッドに横たえた。

如月「ゆっくりおやすみなさい」

青木がクリップボードにとめられた紙に

如月のセリフを書いて椎に見せた。

椎は少し安心したような顔を見せたあと、眠りについた。

如月「はい、ベッド移動ね。もしもし卯月所長?」

如月は最終の所長にPHSで電話をかけていた。

如月「ひとりそちらの精神科に向かいます」

卯月「208号室入れといて」

如月「わかりました。青木くん、最終の208号室だって」

青木「はい」

青木はプリモとロッソをしたがえて

椎のベッドを最終に移動しに行った。

了「やっぱり最終行きか…」

廊下で見ていた了がつぶやいた。

マ「エライコッチャだな」

長瀬「えらいこっちゃはマカポーの日本語だ」

了「最終の精神科って総合と何が違うんだろうな…」

総合病院の精神科には入院施設がない。

主に投薬治療を中心にした患者が外来で来るだけである。

一方、最終の精神科は防音個室がひしめきあっている。

椎はそこに入れられることになるのだ。

(国際医療福祉機関礼英 情技 技術室)

了「どうだった?」

青木「防音個室に入れられてた」

長瀬「怖ぇ~…」

マ「最終の防音個室ってドンダケなんだよ」

了「あ、メールだ」

送信者:中畑優

件名:無題

本文:性欲を持て余す

了「こんな時に爆破予告ー!」

マ「oh year」

長瀬「散れ」

青木「仲良くていいねえ」

(某県郊外のマンション 803号室)

了「ただいまー」

優「脱ぐな!」

了「えー…」

優「くんかくんかすーはーすーはー、今日も暑かったねえ」

了「暑かったんだから着替えさせて…」

優「許す」

了は部屋に戻るとTシャツとトランクスに着替えた。

夏場はこれがパジャマである。

了「腹へった~」

優「今日は豚キムチですよ」

了「やった~」

優「ニンニクきいてますよ」

了「食べたあとブレスケア飲まなきゃ」

優「性欲を持て余す」

了「今日情技から最終に移った人がいてさ」

優「そんなのあるの?」

了「あるんだなこれが」

ダイニングテーブルで豚キムチをつつく夫婦。

了「それはおいといて、めんどくさいの歌ライブ決定したよ」

優「嘘!?いつどこで?」

了「礼英の秋祭りで」

優「ワーオ楽しみでござる」

了「ござる口調にされるとマカポー思い出すからヤメテ」

優「性欲を持て余す」

了「優さんのヘンタイ!」

優「おう、望むところだ」

了「望まないでww」

優「私はお風呂済んでるから…そのままでもいいのよ」

優は夕飯の席を立つと、Eカップの胸に夫の顔をうずめた。

優「今夜は寝かせないぜ」

了「明日休みだからいいけどね…でもシャワー浴びたい」

優「早くね。ぱふぱふ

了「ぱふぱふ~」

了の顔は優の胸の谷間に埋まって幸せだった。

だがしかし。

(某県郊外のマンション 803号室 寝室)

了「ふあああああん!!」

シャワーを浴びた直後にセクハラに遭うのである。

了「あっ、あう、兄さん、大丈夫かな…」

優「大丈夫じゃない?鈴ちゃんいるんだし」

了「はあ、はあっ、もう、許して」

優「ダーメ」

優は了の乳首に吸いついて舌で愛撫する。

了「あっ…は…イヤンもう…優さんのエッチ…」

優「ヘンタイ魔神ですから」

夜は始まったばかりだった。

有頂天高原旅行記 4

(有頂天高原 森と渓流の散歩道)

鈴「うわあ…なんだか大自然って感じですね…」

完「普段より涼しく感じますね」

鬱蒼としげった森の中、木で整備された歩道を歩く。

完「雨が降らなくてよかったです。すべりやすくなりますから」

鈴「本当ですね…」

完「しっ…見てくださいあの蝶」

鈴「わあ…綺麗……」

完「山の中でしか見られない蝶ですねきっと」

青い蝶は花にとまり、羽をとじてしばし花の密を吸っていた。

鈴「写真、写真…私の光学12倍ズームでなんとか…」

完「草餅さんに任せます」

鈴「ええっ…自信ないです…」

完「じゃあ、カメラ貸してください」

完が蝶をズームでピントをあわせ、鈴のカメラで撮る。

完「いかがでしょう」

鈴「お見事です!これならフェイスブロックにも載せられますね!」

完「同僚に嫌味書かれそうなのでイヤです…」

鈴(私はツイッパーにうpしよう…)

完にツイッパーをやっていることは言わない鈴だった。

鈴「そんなに意地悪なんですか?うさぎさんの同僚さんって」

完「意地悪というか悪友というか…頭のキレる連中です」

ふたりきりで森を歩く。

鳥のさえずりや渓流の音が響く。

昼食はコンビニで調達していた。

サンドイッチやおにぎりをベンチで食べる二人。

ゴミは持ち帰りましょう の看板。

鈴はことあるごとにカメラを構え、

森のシーンを切り取っていった。

完「なぜその看板を…」

鈴「このリスさんかわいいじゃないですか」

完「なるほど…」

渓流の森を一周して戻るコースだったが意外と長かった。

途中立ち止まって景色を満喫していたこともあった。

そこにはイーゼルを立てて渓流を描いている人もいた。

よほどこの景色に魅入られたのだろう。

鈴も写真をバシバシ撮っていた。

完も何枚か写真を撮った。

鈴「家のパソコンの壁紙これにします!」

完「いいですね」

完たちは絵描きの邪魔にならないようにそっと去るつもりだったが

「シャッター押しましょうか?」

と声をかけられた。

鈴「あ、お願いします」

と鈴がデジカメを手渡す。

完と鈴は渓流を背景にして並んだ。

「はい、チーズ!」

絵を描く人だけあって、よく撮れた写真だった。

鈴「ありがとうございます!」

「どういたしまして」

絵描きが笑顔で鈴にデジカメを手渡す。

ふたりはまた歩き始めた。

鈴「木漏れ日がキレイですね…」

完「そうですね…」

ふたりの他に誰もいない森。

木陰でふたりは触れるだけのキスをした。

完「今日は温泉宿に泊まります。家族風呂もありますよ」

鈴「家族風呂♪家族風呂♪」

完「その歌はなんですか?」

鈴「作詞作曲柏木鈴、家族風呂の歌です」

完「続きはないんですか?」

鈴「ありませんすみません…」

鈴はうなだれた。

完「続きがないなら延々と家族風呂♪と歌い続ければ…

  すいません音程はずしました」

鈴「…………」

完「いいんですよ、音痴って言っても」

鈴「いえ、ものの見事にはずれてたので…」

完「思わず無言になってしまったのですね」

鈴「すいません」

完「いいんです。僕は国歌独唱で音程はずす音痴ですから」

鈴「ええっ!?」

完「驚きましたか?」

鈴「国歌ってあの、君が代ですよね?」

完「そうです君が代です」

鈴「ちょっと歌ってもらえませんか…?」

完「勘弁してください」

完は頭を下げた。

鈴「わわっ、じゃあいいです…」

完「好きで音痴に生まれたわけじゃないです…」

鈴「そんなことわかってますよ!大丈夫です!

  音痴で死にませんから気を落とさないでください!」

完「死にはしませんが…カラオケは遠慮したいです」

鈴「行きませんから大丈夫ですよ!」

完「草餅さんはカラオケお好きですか?」

鈴「え?す、好きですけど自分からはあまり…」

完「誰かに誘われて行く程度ですか」

鈴「はい」

完「僕が巻き込まれた時はマラカスでも渡してください」

鈴「そんな…一緒に歌いましょう…?」

完「つられてどうなっても知りませんよ」

鈴「わたしがつられてしまえばどっちが音痴か

  わかりませんから大丈夫ですよ!」

完「草餅さんがひとりで歌った時にバレますよ」

草餅「あうう…」

完「……それにしても」

完はその場に立ち止まり、深呼吸した。

完「いい景色ですね」

鈴「はい!」

ゆたかな自然はふたりを日常から切り離す。

ふたりきりで満喫する自然は贅沢を感じさせた。

まるでふたりのためだけに、ふく風、揺れる木の葉。

満ち足りた気分で二人は渓流散歩を終えた。

(有頂天高原 温泉宿 さとや)

チェックインをすませて、たたみの部屋でくつろぐ二人。

また鈴のカメラのプレビュー画面で写真を見ていた。

完「渓流の写真、たくさんとりましたね」

鈴「縦にも横にも撮りました!」

完「そういう写真は母が喜びますので是非送ってください」

鈴「おおお母様に見られちゃうんですか!?」

完「有頂天高原を回ったら、僕の家に招待しようと思っていました」

鈴「うさぎさんのお家!?」

完「母に挨拶してやってください」

鈴「あwせdrftgyふじこlp」

完「大丈夫ですよ、取って食ったりしませんから」

鈴「こ、心の準備が…」

完「何か手みやげを選んでいきますか?」

鈴「はい!そうしてください!」

鈴は夕食の味がわからなかった。

布団の敷かれた部屋に戻ってくると、

完「今日はコンタクトレンズつけたままお風呂に入っていいですか」

鈴「えっ……じゃあ、私も……」

完「お風呂につかりながら星を見たいので」

鈴「お背中流しましょうか?」

完「草餅さんはお仕事する気満々なんですね」

鈴「うさぎさんの背中だから洗いたいんです!」

完「そ…そ、そうですか」

直球で来られると弱い完だった。

完は家族風呂をのぞき込むと

完「今日も星がきれいですよ、ほら」

鈴「わあー……」

満天の星空。今にも星がこぼれ落ちて来そうだった。

完「早く入りましょう」

鈴「はい!」

ただし脱衣所では背中合わせなのである。

家族風呂は、ヒノキの風呂窯だった。

源泉かけながしで、たえず温泉水が流れ落ちている。

その温泉水を桶ですくい、体を流すと

完「最初はグー」

鈴「えっ?えっと、じゃんけんぽん!」

じゃんけんの結果は完の勝利だった。

鈴(うさぎさん乳首見えてる乳首!)

完「じゃ、先に洗ってもらえますか」

鈴「はい!」

鈴は張り切って完の背中を洗った。

鈴(あれ…意外とうさぎさんの背中大きい…

  着やせするタイプなのかな…)

そんなことを思いながら、満遍なく完の背中を洗っていく。

鈴「かゆいところはありますか?」

完「特にありません。もういいですよ、ありがとうございます」

鈴「じゃあ、流しますね」

温泉の湯を桶ですくい、完の背中にかけてゆく。

シャワーもついていたが、あえてそうした。

完「それでは草餅さん、背中を向けてください」

鈴「はい…」

完(小さい背中…僕が守ってあげなきゃいけないんだ)

完は使命感をおぼえつつ、鈴の背中をそっと洗った。

鈴「もうちょっと強くても大丈夫ですよー?」

完「そうですか?」

完は少しだけ力を加えた。

鈴「ちょうどいいです」

完「ありがとうございます。どこかかゆいところはありますか?」

鈴「いえ、特に…」

完「では、流しますね」

完は鈴にならって温泉の湯を鈴の背中にかけた。

鈴「人に洗ってもらうのって気持ちいいですよね」

完「僕なんてその道のプロに洗ってもらうんですから最高です」

鈴「プロだなんて…情技ではあまり入浴介助はしませんが」

完「それでもプロはプロです」

ふたりでとなりあって湯船につかる。

やはり大事なところはタオルでガードしたままだ。

鈴(このおなかみられたくないよお…!

  でもうさぎさんの乳首は見たい!)

そんなことで逡巡している間、完は星空を鑑賞していた。

完「きれいですね…星が降ってきそうです」

鈴「ほんと…ですね…」

煩悩を忘れ去るひとときだった。

湯上がりに。

コンタクトレンズをはずして裸眼になったふたりは

布団の上でくつろいでいた。

完「じゃあ、腹筋しましょうか」

鈴「えー!」

完「冗談です。でも今夜は禁欲しましょうか」

鈴「えっ」

完「我慢くらべです。先に手を出したほうが負けですよ」

鈴「口は出してもいいんですか?」

完「キスはいいんです、キスは…あっ、でも

  猛獣みたいなキスはダメですよ」

鈴「猛獣…私そんなに野生的ですか…」

完「草餅さんがあんな狼さんだなんて思いませんでした」

鈴「初日のコトは忘れてください…」

顔を赤らめる鈴だった。

完は布団に入ると、鈴の布団のほうを向いて寝た。

完「眠るのには少し早い時間ですが…」

鈴「我慢くらべ…我慢くらべ…」

鈴は布団の上で正座してぶつぶつとつぶやいていた。

完「草餅さん、大丈夫ですか?」

鈴「えっあっはい!おやすみなさい!」

鈴も自分の布団に入ると、完のほうを向いた。

鈴「…うさぎさんのお母様ってどんな人なんですか?」

完「名前を和(なごみ)といいます。名前のままの人です」

鈴「ご趣味は…」

完「ハムスターの飼育です。絵手紙も描くようです」

鈴「ハムスター!かわいいですか?」

完「かわいいですよ。よく母の手の上に乗ってます」

鈴「うさぎさんの手には乗らないんですか?」

完「乗せてもらったことはありますが、

  うごきまわるので落としそうで危ないです」

鈴は話しながら少しずつ完のほうへ寄ってきていた。

完「当のハムスターは僕の胸の高さから落ちても

  平気で歩き回ってるんですけどね」

鈴「すごいですね!」

完「あれ?草餅さんさっきより近くなってませんか?」

鈴「気のせいです」

鈴(ああ…襲いたい…うさぎさん食べちゃいたい…)

またしても煩悩がわき起こるのだった。

しかし、今度は完のほうから寄ってきた。

そして、鈴の頬に口づけをする。

鈴「うおおさむさんっ」

完「このくらいのキスはセーフです」

鈴「どのあたりからダメなんですか…」

完「僕が草餅さんを本名で呼ぶようになったらアウトです」

鈴「き、キビシイ…」

布団の中では鈴の指がわきわきしていた。

完の脇の下をくすぐりたくて仕方ないのである。

鈴「そうだ写真撮ろう!」

鈴は眼鏡をかけてバッグからデジカメを取り出した。

完「星空の写真でも撮るんですか?」

鈴「星空も撮りますがうさぎさんも撮ります」

完「僕のことはもういいじゃないですか」

鈴「その布団に寝転がってるところを撮ります!」

鈴は家族風呂で星空を何枚か撮ったが、

うまく撮れなかった。

鈴「うさぎさん…」

完「はい?」

鈴「星空がうまく撮れません…」

完「あ、それはデジカメの設定ですね」

完は起き上がり、手渡された鈴のデジカメを少しいじった。

完「これで試してみてください。それと、

  この部屋の電気も消しましょう。撮影の邪魔になりますから」

鈴「はい」

設定の整ったカメラで星空を撮る鈴。

鈴「きれいに写りました!」

完「本当ですね。これは記念になりそうです。

  僕も自分のカメラで撮っておこうかな」

完も自前のデジカメで星空を撮る。

鈴「わ!うさぎさんのほうが星がたくさん写ってます!」

完「カメラの性能でしょうか」

鈴「その写真あとで送ってください!」

完「わかりました」

家族風呂からもどってきたふたりは、

今度は同じ布団に寝転がった。

完「…あの」

鈴「はい?」

完「手出し無用ですよ?」

鈴「目の前に浴衣のうさぎさんがいるというのに

  さわれないこのくやしさ!記憶に焼き付けておきます!」

完「大丈夫ですか?眠れそうですか?」

鈴「眠れそうにないです…」

完が鈴の頭をなでた。

完「よしよしいいこだから寝ましょうね~」

鈴(うさぎさんやさしい!!)

完「今日はよく歩いたから、よく眠れると思いますよ」

鈴「う…うさぎさん、キス…」

完「どうぞ」

暗くてどこが唇かわからない。

手探りで唇を探しあて、そっとキスをする。

完「そのくらいのほうが、僕は好きです」

鈴「深いのは苦手ですか?」

完「あまり激しくされると酔っぱらってしまいますので」

鈴「今夜も酔いましょう!」

完「だーめーでーすー」

鈴「うーーわんわん!がるるるる…」

完「わっ猛獣が出た!猟銃で撃たなきゃ!」

鈴「撃たなきゃってヒドイ…」

完「撃たれたくなかったらその爪と牙はしまっておいてください」

鈴「そんなのありませんよぉ」

完「じゃあその指と舌はしまっておいてください」

鈴「ううう…」

完「あなたはだんだん眠くなる…」

鈴「ギンギンです」

完「最終に行って麻酔取ってきますか…」

そんな話をしながら、夜はふけてゆく。

完「明日は鈴さんの好きなようにしていいですから」

鈴「本当ですか!?」

完「ベッドも…ダブルでとってあります」

鈴「じゃあ今日は禁欲します!」

鈴は寝ながら完に抱きついた。

柔らかな肢体が、完にからみつく。

完「鈴さん」

鈴「はい?」

完「禁欲できてません」

鈴「これだけでもダメなんですか!?」

完「僕の体が反応してしまいました」

完はつい最近まで童貞だったのである。

鈴「ごごごめんなさいすみません…」

謝りつつ、なかなか離れない鈴。

完「いいえ…このくらいはじっとしていてもらえれば」

鈴「動いたらダメなんですか?」

完「ヘタに動かれると刺激されてしまいますので」

鈴「うさぎさんって…敏感なんですね…」

完「慣れていないだけです…これから慣らしてください」

完が鈴を抱きしめた。

確かに完の下半身に熱を感じる。

鈴「完…さん?」

完「うさぎです」

鈴「下の方に息子さんがいらっしゃいます!」

完「元からです」

鈴「息子さんがこんばんわって言ってます!」

完「親です。おやすみなさい」

鈴「…眠れるんですか?」

完「草餅さんが妙なマネをしなければきっと…」

鈴「………………」

しばし無言。

やがて、完のほうから安らかな寝息が聞こえてくる。

鈴(う…動けない!)

完に抱かれたままの鈴はうかつに動けなかった。

夜はすぎていく。

鈴もいつしか眠りについた。

旅はまだ続くのである。

大学での完

(国際医療福祉機関礼英 情技107号室)

看護師「中畑さん電報でーす」

一「電報ー?」

装置をはずしていた一が起きあがる。

看護師「装置つけます?読み上げます?」

一「装置つけます」

看護師は手早く一の視力補助装置を一に装着した。

電報には、こう書いてあった。

  お父さんへ

  完です。

  無事に2学部とも合格しました。

一「そっかー合格したかー…」

一は電報を閉じると、大きく息を吐いた。

(Q都 玲央医科大学 第5校舎)

玲央医科大学は、何かと忙しい。

後期合格発表からすぐに入学式とオリエンテーリング

その上学部併願者は移動教室に追われる日々。

今年、学部併願で受かったのは中畑完のみだった。

もともとひさしぶりだったのである。

教授たちはひさしぶりの優等生を歓迎した。

名もなき地方の高校から、はるばるやってきた完を

一目見ようと教授たちは大騒ぎだった。

そんな中、完はスケジュールに追われていた。

把握するのも容易ではない広大なキャンパス、

それを縦横無尽に行き来する授業内容。

まるで生徒の都合などお構いなしといったところだった。

完は廊下を走っていた。

歩いていては次の講義に間に合わない。

教授「はいタッチ!!」

完の眼前に見覚えのある教授が出現する。

完は教授にハイタッチして

完「失礼します!」

とそのまま走り去っていった。

5分前行動が当たり前となっていた玲央で、

完はだいたいいつも5分前には席についていた。

息せききって選ぶ席はいつも前のほうだった。

生徒1「お前廊下走って来ただろ?校則違反だぞ」

生徒2「馬鹿、あいつはいいんだよあいつは」

生徒1「なんでだよ」

生徒2「知らねえの?あいつが中畑完だよ」

生徒1「えっ!?あいつが学部併願の!?」

急に会話が遠巻きになる。

学部併願者は特例として廊下を走っても良いことになっていた。

つまり、学内で唯一中畑完は廊下を走ってもとがめられないのである。

生徒1「フツーだな…」

生徒2「逆に何考えてるかわかんねえな…」

完の後ろに陣取った二人はこそこそと話していた。

完が振り返る。

完「聞こえてるんだけど…」

生徒1・2「………(やべー………)」

教授「はいみんな席についたかなー?一応出席とるよー」

IDカードなどない時代である。

呼ばれた生徒は「はい」と返事をした。

ここまでくれば併願も単願も関係ない。

授業は平等に進む。

教授「今日はここまで。次週までにレポートをまとめておくこと。以上!」

完は教室から走り去った。

生徒1「あいつ毎回まいかいダッシュで講義受けてんかな…」

生徒2「体力つきそうだよな…」

実は毎回走る必要はないのである。

ただ、完は衝動にまかせて走っていただけだった。

完(お父さんは僕が治す!お父さんは僕が治す!)

ゆえに、教室につくのが早すぎたこともあった。

そんな時は前の席に陣取って予習していた。

友達には恵まれなかった。

誰も走る彼を止められなかった。

その手元には教授の顔写真入りの名刺がたまっていった。

走っている最中に渡されるのである。

教授「連絡待ってるからねー!」

走り去る完の背中に教授の声が飛ぶ。

完は律儀に名刺の持ち主に電話をかけた。

大抵は食事の誘いだった。

玲央の寮は夕食・朝食つきで学食も充実していたが

医大教授の奢り飯は格が違った。

(ホテルニューQ都 最上階 ラシード・レーヴ)

教授「ジャケットなんて羽織らなくてもよかったのに」

完「失礼のないようにと…」

教授「律儀だね。お父さんとは大違い」

完「父を知っているんですか?」

ウェイター「豚と鶏白レバーの田舎風パテ、自家製ピクルス添えになります」

ウェイターが料理を二人の目の前に置き、

静かに去ってゆく。

教授「ほら食べて食べて」

完「…いただきます」

教授「お父さんの講演はよく聞いてたよ」

完「ありがとうございます」

教授「あれがもう聞けないとなると、さびしくなるね…」

完「………………」

完は黙々と料理を口に運んでいた。

教授「今は礼英にいるんでしょ?」

完「はい」

教授「暇だろうから夏休みにでも顔だしてあげたら?」

完「礼英ってそんなに暇なところなんですか」

教授「入院患者みたいなものだからねえ、暇でしょ」

完「もっと検査とかいろいろ忙しいんだと思ってました」

ウェイター「本日のメイン、牛肉と玉ねぎのシェリー煮込みになります」

ウェイターが料理を置き、前菜の皿を下げて行った。

教授「じゃあ、今日のメイン行こうか」

完「いただきます」

教授「中畑くん、玲央に何しに来たの?」

完「え…」

ナイフとフォークをかまえたまま、

完を見据えている教授。

完「脳外科と心理学を学びに…」

教授「どうしてその二つなのかな?」

完はようやく教授の言いたいことがわかった。

完「父の後を継ぎ、父を治すためです」

教授「大学にいる間に手遅れになっちゃうかもしれないよ?」

完は動揺した。

そんなことは考えたこともなかったのだ。

教授「礼英には優秀なお医者さんがたくさんいるんだから、

   任せてもいいんじゃないかな?」

完「……………………」

完は黙って牛肉を頬張った。

しばしの沈黙が訪れた。

完「父は僕が治します。誰にも触れさせません」

完は紙ナプキンで口の周りを拭いた。

ウェイター「グレープフルーツのカンパリゼリー寄せと

      ゴールデンパイナップルソルベになります」

ウェイターはデザートの皿を置くと、

メインの皿を下げて去っていった。

教授は音をたてずに完に拍手を贈った。

教授「期待しているよ」

完は、そのとき教授の目が薄暗く光ったのを見逃さなかった。

完の学生生活は苛烈を極めた。

音をあげたかどうか、教授が探りを入れてくる。

高級料理を前にして、完の返事は変わらなかった。

完「僕は父の後を継いで、父を治します」

6年間、完はキャンパスを走り続けた。

大学院に進んでも、それは変わらなかった。

友達には恵まれなかったが、無駄に人脈は広かった。

現在。有頂天高原にて。

完(結婚式にはあの教授たちも呼ばなきゃダメかなあ…?)

うとうとと、そんなことを考えているのだった。

それぞれのハートブレイク 矢野編

彼女とは高校時代に知り合った。

大学は別々だったが、近かったこともあり

つきあいは続いていた。

彼女は教育学部で教師を目指していた。

矢野は医大で医師を目指していた。

彼女が通っていたのは4年制の普通の大学である。

なので、矢野より先に彼女のほうが就職することになる。

やがて時は流れ、彼女は教師の道を歩き始めた。

矢野はといえば、まだ医師の卵。

ふたりは両親に内緒で同棲していた。

夕食を用意するのは最初は彼女の役目だったが

彼女が就職してからは矢野の役目になっていた。

__「ただいまー」

矢野「おかえり」

__「もーやんなっちゃったよやること多くて~」

やることが多いのは矢野も同じである。

医大生として、実習、レポート、その合間に家事。

__「矢野くんはいいよね学生気分でさ~

   こっちは責任ある立場だからうっかりできないし」

矢野「大変だね…」

彼女の愚痴は日ごとに多くなっていった。

そのときには決まって「学生の矢野くんはいいよね」と

社会人である自分のつらさをとうとうと語るのである。

矢野は彼女に対して疲れを感じ始めていた。

愚痴マシンと化した彼女に性欲もわかない。

矢野は気づいた。

自分は誰かを支えるのではなく、

誰かに支えられて生きていきたいのだ、と。

それには自分と同等の立場の人間と

関係を結ぶ必要があった。

医大を卒業すれば、矢野は大学院に進む。

その間もこの愚痴を聞かされるとあっては

たまったものではなかった。

矢野は心を決めた。

__「はー疲れた~」

「お仕事」から帰ってきた彼女に、

矢野はコンビニで買った弁当を差し出した。

__「ちょっとーひどくない?」

矢野「オレも疲れてるし」

__「学生さんが何言ってんの?」

矢野「そういうところに疲れたんだよ」

__「はあ?」

矢野「医学生だってラクじゃないんだ。

   社会人だからって威張らないでほしいよ」

__「別に威張ってなんか…あ、ひょっとして嫉妬?」

矢野「してないよ。どっちが嫉妬だって?

   学生さんはいいね~っていつも言ってるのは何?」

__「何よ…怒ってんの?生意気に」

矢野「ひとこと多いよ。オレは生意気なんかじゃない。

   日々急がしい医大生だよ。本当は夕飯作る時間も

   惜しいよ。もっと言ったらこの時間に帰ってきてる

   時点でみんなから遅れとってるよ」

__「…うそ」

最後のセリフははったり半分だったが、事実でもあった。

矢野「もう__には愛想が尽きた。オレはここを出ていく」

__「ちょっ…ねえ、待ってよ…」

矢野「待たない。いつもの愚痴も聞きあきた。

   そんなに学生に戻りたいならオレのところにでも

   来ればいいんじゃない?」

すでに教師として身をたてている彼女にそれは無謀というものだった。

矢野はすでに荷造りをすませていた。

矢野「残ってるのは捨てていいから。じゃ」

玄関を出ていこうとする矢野に彼女が泣きつく。

__「ごめんなさい!愚痴ばっか言ってごめん!」

矢野「こっちこそごめん。もう耐えられないんだ」

過去にも愚痴っぽい彼女をいさめたことが何度かあった。

だが、彼女は聞き流した。

矢野が愛想を尽かすのも時間の問題だったのである。

矢野「じゃあ__先生、お元気で」

__「やだ!行かないで!」

矢野「最近の小学生はそんなにききわけないの?

   __先生も大変だね」

矢野は精一杯の嫌味を言い、彼女を振り払った。

矢野「がんばってね、__先生。

   オレまだ学生だから、先生のことはよくわからないけど

   大変だってのだけはわかったよ」

__「本当に行っちゃうの?」

矢野「うん。もうつき合っていられないから」

彼女は力なくうなだれた。

矢野「大丈夫だって。

   オレなんかよりもっと甲斐性のあるやついるから」

矢野は彼女の肩にぽん、と手を置いた。

矢野「ただ、オレの心が狭かっただけだから」

それは彼女を傷つけないための大ウソだった。

矢野「じゃ、お元気で」

矢野が部屋から出ていく。

彼女は力なく部屋に座り込み、やがて泣き出した。

社会に出たとはいえ、彼女のほうが子供だったのである。

(数年後 国際医療福祉機関礼英 第一食堂)

二宮「それにしても矢野の元カノって馬鹿だよなー」

矢野「馬鹿言うなよ、それとつきあってたオレも馬鹿みたいじゃん」

二宮「だって彼女が就職して豹変するとは思ってなかっただろ?」

矢野「まあな…あそこまでひどいとは思わなかった」

二宮「うまくいけば医師と結婚できたかもしれないのになー」

矢野「結婚したらしたで豹変されたら嫌だよオレ」

二宮「女って怖いよなー」

矢野「怖い怖い」

マウス「えー、何のお話ですかぁー?」

マウスとラットがトレイを持って寄ってきた。

二宮「おふたりさんみたいなかわいこちゃんと仕事できて

   オレたちは幸せものだな~って話をね」

ラット「やだ~、お世辞~」

マウス「そんなこと言われても何も出ませんよ~?」

キャッキャウフフと笑いながら去っていく二人。

矢野「二宮…おまえ大物だよ…」

二宮「大物ってのは中畑みたいなのを言うんだろ」

矢野「あー今頃夏休みエンジョイしてんだろうなー」

二宮「あーセックスしてえ」

そこには、いつもの最終の空気が流れていた。