某医療機関での日常

現代医科学恋愛ファンタジーというわけのわからないジャンルの創作文置き場。 小説というカタチを成していないので読むのにいろいろと不親切。たまにR18。 初めての方は「世界観・登場人物紹介」カテゴリを一読の上でお読みください。

大学での完

(国際医療福祉機関礼英 情技107号室)

看護師「中畑さん電報でーす」

一「電報ー?」

装置をはずしていた一が起きあがる。

看護師「装置つけます?読み上げます?」

一「装置つけます」

看護師は手早く一の視力補助装置を一に装着した。

電報には、こう書いてあった。

  お父さんへ

  完です。

  無事に2学部とも合格しました。

一「そっかー合格したかー…」

一は電報を閉じると、大きく息を吐いた。

(Q都 玲央医科大学 第5校舎)

玲央医科大学は、何かと忙しい。

後期合格発表からすぐに入学式とオリエンテーリング

その上学部併願者は移動教室に追われる日々。

今年、学部併願で受かったのは中畑完のみだった。

もともとひさしぶりだったのである。

教授たちはひさしぶりの優等生を歓迎した。

名もなき地方の高校から、はるばるやってきた完を

一目見ようと教授たちは大騒ぎだった。

そんな中、完はスケジュールに追われていた。

把握するのも容易ではない広大なキャンパス、

それを縦横無尽に行き来する授業内容。

まるで生徒の都合などお構いなしといったところだった。

完は廊下を走っていた。

歩いていては次の講義に間に合わない。

教授「はいタッチ!!」

完の眼前に見覚えのある教授が出現する。

完は教授にハイタッチして

完「失礼します!」

とそのまま走り去っていった。

5分前行動が当たり前となっていた玲央で、

完はだいたいいつも5分前には席についていた。

息せききって選ぶ席はいつも前のほうだった。

生徒1「お前廊下走って来ただろ?校則違反だぞ」

生徒2「馬鹿、あいつはいいんだよあいつは」

生徒1「なんでだよ」

生徒2「知らねえの?あいつが中畑完だよ」

生徒1「えっ!?あいつが学部併願の!?」

急に会話が遠巻きになる。

学部併願者は特例として廊下を走っても良いことになっていた。

つまり、学内で唯一中畑完は廊下を走ってもとがめられないのである。

生徒1「フツーだな…」

生徒2「逆に何考えてるかわかんねえな…」

完の後ろに陣取った二人はこそこそと話していた。

完が振り返る。

完「聞こえてるんだけど…」

生徒1・2「………(やべー………)」

教授「はいみんな席についたかなー?一応出席とるよー」

IDカードなどない時代である。

呼ばれた生徒は「はい」と返事をした。

ここまでくれば併願も単願も関係ない。

授業は平等に進む。

教授「今日はここまで。次週までにレポートをまとめておくこと。以上!」

完は教室から走り去った。

生徒1「あいつ毎回まいかいダッシュで講義受けてんかな…」

生徒2「体力つきそうだよな…」

実は毎回走る必要はないのである。

ただ、完は衝動にまかせて走っていただけだった。

完(お父さんは僕が治す!お父さんは僕が治す!)

ゆえに、教室につくのが早すぎたこともあった。

そんな時は前の席に陣取って予習していた。

友達には恵まれなかった。

誰も走る彼を止められなかった。

その手元には教授の顔写真入りの名刺がたまっていった。

走っている最中に渡されるのである。

教授「連絡待ってるからねー!」

走り去る完の背中に教授の声が飛ぶ。

完は律儀に名刺の持ち主に電話をかけた。

大抵は食事の誘いだった。

玲央の寮は夕食・朝食つきで学食も充実していたが

医大教授の奢り飯は格が違った。

(ホテルニューQ都 最上階 ラシード・レーヴ)

教授「ジャケットなんて羽織らなくてもよかったのに」

完「失礼のないようにと…」

教授「律儀だね。お父さんとは大違い」

完「父を知っているんですか?」

ウェイター「豚と鶏白レバーの田舎風パテ、自家製ピクルス添えになります」

ウェイターが料理を二人の目の前に置き、

静かに去ってゆく。

教授「ほら食べて食べて」

完「…いただきます」

教授「お父さんの講演はよく聞いてたよ」

完「ありがとうございます」

教授「あれがもう聞けないとなると、さびしくなるね…」

完「………………」

完は黙々と料理を口に運んでいた。

教授「今は礼英にいるんでしょ?」

完「はい」

教授「暇だろうから夏休みにでも顔だしてあげたら?」

完「礼英ってそんなに暇なところなんですか」

教授「入院患者みたいなものだからねえ、暇でしょ」

完「もっと検査とかいろいろ忙しいんだと思ってました」

ウェイター「本日のメイン、牛肉と玉ねぎのシェリー煮込みになります」

ウェイターが料理を置き、前菜の皿を下げて行った。

教授「じゃあ、今日のメイン行こうか」

完「いただきます」

教授「中畑くん、玲央に何しに来たの?」

完「え…」

ナイフとフォークをかまえたまま、

完を見据えている教授。

完「脳外科と心理学を学びに…」

教授「どうしてその二つなのかな?」

完はようやく教授の言いたいことがわかった。

完「父の後を継ぎ、父を治すためです」

教授「大学にいる間に手遅れになっちゃうかもしれないよ?」

完は動揺した。

そんなことは考えたこともなかったのだ。

教授「礼英には優秀なお医者さんがたくさんいるんだから、

   任せてもいいんじゃないかな?」

完「……………………」

完は黙って牛肉を頬張った。

しばしの沈黙が訪れた。

完「父は僕が治します。誰にも触れさせません」

完は紙ナプキンで口の周りを拭いた。

ウェイター「グレープフルーツのカンパリゼリー寄せと

      ゴールデンパイナップルソルベになります」

ウェイターはデザートの皿を置くと、

メインの皿を下げて去っていった。

教授は音をたてずに完に拍手を贈った。

教授「期待しているよ」

完は、そのとき教授の目が薄暗く光ったのを見逃さなかった。

完の学生生活は苛烈を極めた。

音をあげたかどうか、教授が探りを入れてくる。

高級料理を前にして、完の返事は変わらなかった。

完「僕は父の後を継いで、父を治します」

6年間、完はキャンパスを走り続けた。

大学院に進んでも、それは変わらなかった。

友達には恵まれなかったが、無駄に人脈は広かった。

現在。有頂天高原にて。

完(結婚式にはあの教授たちも呼ばなきゃダメかなあ…?)

うとうとと、そんなことを考えているのだった。