某医療機関での日常

現代医科学恋愛ファンタジーというわけのわからないジャンルの創作文置き場。 小説というカタチを成していないので読むのにいろいろと不親切。たまにR18。 初めての方は「世界観・登場人物紹介」カテゴリを一読の上でお読みください。

高校兄弟 5

小野「…中畑さ、」

完「なに?」

小野「最近なんだかちょっと、調子出ないね」

中畑一が渡米して、1ヶ月が経っていた。

【某県郊外住宅地 小野家 小野の自室】

父が渡米したまま迎えた夏休み。

去年約束した動物王国にも行けなかった。

完は気晴らしに同じクラスの小野の家に来ていた。

そこにロシアンブルーがいるからだ。

完「…そう、かな」

床に座った完の膝の上でロシアンブルーがくつろいでいる。

調子が悪いのは、自分でもわかっていた。

その原因もわかっていた。

お父さんに会えない。

お父さんが家に帰ってこない。

お父さんの顔が見られない。

お父さんと話せない。

お父さんの帰りを待つことしかできない。

小野「うん。キレがないよ」

完「キレ?」

小野「なんだかぼんやりしてるし」

去年、完が2年の時に3年次の教科書を彼に譲ったのは

小野と2歳離れた兄、小野祐輔である。

祐輔は今、大学2年。長い夏休みに入っている。

祐輔「おーい中畑くん」

完「あ、はい」

祐輔「おやつ食べようか、ふたりで」

小野「僕の分は!?」

祐輔「3つあるけど中畑くんと二等分する」

小野「なんで!?」

祐輔「うるさい馬鹿黙れ大馬鹿。猫と遊んでろ糞馬鹿」

実の弟より出来のよい弟の友人を歓迎する兄は

そのかたわらで弟を容赦なく馬鹿にするのだった。

完「えっと…3つあるなら3人で頂きませんか」

祐輔「中畑くんがそう言うならそうしようか」

小野(僕の立場は…)

【某県郊外住宅地 小野家 和室】

祐輔「おやつは草餅と冷たい緑茶だよー」

小野「…草餅3個を2等分しようとしてたの…?」

完「やってできないことではないだろうけど…」

どう考えても手間がかかるのだった。

祐輔「やればできるだろ馬鹿。猫用ジャーキーでも食ってろ馬鹿」

小野「やだよ!」

完「あ…あの…いただきます…」

祐輔「どうぞどうぞ」

猫が寄って来ていた。

小野「こーら」

祐輔「お前はコレね」

祐輔があらかじめ用意していた猫用ジャーキーを差し出すと

猫は夢中でジャーキーを噛み始めた。

完「………………」

完はジャーキーを噛むロシアンブルーを見ていた。

小野「何?中畑、ひょっとしてジャーキー食べたいの?」

祐輔「そんなわけないだろ馬鹿かお前はそうか馬鹿か」

完「…その…ずいぶん夢中で噛むんだなって…」

完は祐輔があまりにも弟に馬鹿と連呼するので

フォローしようかどうか迷っていた。

完(さらさらと馬鹿馬鹿言うんだよね…)

祐輔の発する「馬鹿」には、ほとんど罵倒の響きがない。

まるで語尾がフォーマットされているかのように

すらすらと出てくるそれには長年の熟練が感じられた。

小野「猫も本来は肉食だからね」

祐輔「肉の匂いがついてるんだアレ」

完「そうなんですか…」

猫があまりにも夢中でジャーキーを噛むので

完は興味深くて目が離せなかった。

小野「中畑、草餅ほとんど食べてないじゃない」

完「…あ」

祐輔「草餅苦手だった?」

完「いえ、好きです…けど、猫が気になって…」

小野「草餅食べられないほど気になる?w」

完「うん、ちょっと食べるの忘れてた…」

完はゆっくりと食べかけの草餅を食べ始めた。

ひとくち含んでは、噛みながら猫を眺める。

猫をつまみに茶を飲んでいる完だった。

【夕刻 某県郊外住宅地 中畑家 ダイニング】

完「ただいま」

和「おかえり~、外は暑かったでしょ」

和がキッチンから出てきて、完に冷たい麦茶を差し出す。

完「ありがと…了は?」

和「部屋で勉強してたわ」

完「そう」

夏休み終盤。

休み明けには、一学期の総復習テストが待っている。

もちろんこのテストの結果も、二学期の成績に響く。

だが、

完(3年の一学期の復習なんて飽きちゃった…)

2年の頃はまだ良かった。

3年次の教科書で暇つぶしができたのだから。

3年の夏休みの今、3年次の予習は全て済んでいる。

今の完の暇つぶしは玲央医大の過去問しかない。

教科も限られる上に、授業中に使うと目立つ。

完「お母さん、麦茶ちょうだい」

和「もう持ってるじゃないの」

完「了に差し入れに行くから」

和「あら、じゃあもう一杯入れるわね」

夕食までには、まだ少し時間がある。

完は二人分の麦茶を両手に持って、階段をのぼった。

【中畑家 2F 了の自室】

完(…しまった、どうやってノックしようかな)

両手が麦茶でふさがっている。

ドアの前で、ごく基本的なことで困っている兄だった。

仕方がないのでクチを使うことにした。

完「了、麦茶持ってきたから開けてくれる?」

了「ありがとう~、今開けるね」

了が部屋のドアを開けると、完は了の部屋に入る。

そして、了の机の上にふたりぶんの麦茶を置いた。

了「はあ…」

完「どうしたの?」

了「生徒の自主性を尊重って、先生の手抜きだよねー…」

完「いきなりどうしたの?」

了「うちの高校、夏休みの宿題無いじゃん」

完「ないね」

了「でもそのかわりに二学期のはじめに総テストでしょ」

完「そうだね」

了「宿題でも出してくれたほうがマシだよ…」

完「同じことなんじゃないの?」

了「同じじゃなーい!」

了は麦茶を飲んで、ベッドに転がった。

だだをこねるように左右に転がりながら続ける。

了「中学までの夏休みは宿題さえやっとけば無罪放免だったもーん!」

完「無罪って…夏休みの僕たちは罪人なの?」

了「休み明けにテストが待ってる夏休みなんてバーカバーカ!うわーん!」

完「あの…復習うまくいかないの…?」

ベッドで転がり続ける弟。

その弟が腰掛けていた椅子に腰掛けた兄は、

机の上の懐かしすぎる物体に目をやっていた。

2年次の教科書や問題集、ノート。

了はと言えば、

了「うまくいってないわけじゃないけど、そもそもうちの高校の夏休みに異議ありー!」

と、生徒の一存ではどうしようもないことを

ひたすら吐き捨てているのだった。

が、そんな愚痴も

和「ごはんよ~」

了「はーい!」

母の、このひとことでさっぱり片づいてしまう。

完はそんな了が少しうらやましかった。

了は了で、完の成績を盛大にうらやんでいたわけだが。

【中畑家 1F ダイニング】

和「きょうは!なんと!な、な、なぁんと」

和がもったいぶっている。

了「なぁんと!」

完「なーんと…?」

和「お寿司でーす☆」

じゃーん☆と言いながら、和はテーブルに

ものの見事に寿司詰めにされた盆を置いた。

了「お寿司お寿司!」

完「お寿司!」

和「せーの」

3人「いただきまーす」

和「おいしいわぁ~」

完「……?」

完は食べながら、寿司の数を数えていた。

一種類につき4つ。これは「四人前」だ。

それには了も気づいていたようだった。

了「お父さんのぶんのイクラもーらい☆」

完「あっ…」

和「お父さんのぶんの中トロもーらい☆」

完「あ…」

和も了も思い思いに好きなネタを二人分取っていく。

完は心なしかあせった。

寿司1人前+父の分を平らげる自信がなかったのだ。

完「お…お父さんのぶんのたまご食べていい…?」

和・了「いいよー」

完「……………」

あせっている間に、「お父さんのぶん」は

たまご以外売り切れていたのだった。

【夜 中畑家 2F 完の自室】

風呂上がりに兄が自室に戻ると、そこには

まるで当たり前のように弟がいる。

しかも、ベッドで漫画を読みながらくつろいでいる。

了「あ、兄さんお帰り」

兄が部屋に入ってくると、弟は漫画を床に置いた。

完「…ねえ、」

了が寝そべっているシングルベッドに身を寄せた完は

完「…嫌じゃないの?」

ごくありふれた疑問をクチに出してみた。

了「…えーっと」

了は寄り添ってきた完をゆるく抱いて、

了「兄さんのほうが嫌そう」

完「えっ」

了「だから、オレは嫌じゃない…」

完「え?」

問題は一気に難解になってしまう。

完「…意味がわからないんだけど」

了「だって、」

互いの顔が見えなくなるほど弟に強く抱きしめられ、

兄は自分が兄か弟かわからなくなる。

了「いつも…ごめんねって、言いながら…だから」

完「だ、だって申し訳ないことしてるから」

了「兄さんがそう思ってくれてるから、いい」

完「よくないでしょ…謝ったって結局は…」

了「されるオレがいいって言ってるんだからいいのっ」

無理矢理に許される。

それは甘い罠のような、拷問のような仕打ち。

了「そ、それに…」

相変わらず互いの顔を見ることはできない。

了「そ、その…き……き、気持ちいい……から///////」

完「了////////////」

二人して今更照れるのだった。

了(実際気持ちよすぎてたまに落ち着かなくて、兄さんが寝たあと自分の部屋で一人でしてるとか言えない、絶対に言えない…!!)

弟は弟で、秘密をかかえていたのである。