某医療機関での日常

現代医科学恋愛ファンタジーというわけのわからないジャンルの創作文置き場。 小説というカタチを成していないので読むのにいろいろと不親切。たまにR18。 初めての方は「世界観・登場人物紹介」カテゴリを一読の上でお読みください。

残暑の白昼夢

【情技室内 第18談話室】

談話室には診察用のベッドが置かれていた。

そこに腰掛けているのは、情技室員・言語聴覚士の青木。

本日において、彼の身分は「患者」である。

職務は有給休暇をとっていた。

完「お待たせしました」

ノックをしてドアを開けて入ってきたのは、

青木の同僚の兄、中畑完。

青木「いあ、こっちも今来たところです」

青木の私服はずいぶんとくだけていた。

少しロールアップしたジーンズにスニーカー、

前面にも背面にも派手なプリントが施されたTシャツ。

完(…どこで売ってるんだろう…)

完はそう思いながら、部屋の奥へと進む。

そこへ、測定機材を持った情技室員が何人か入り込む。

了「よぉ」

長瀬「おっす」

マカポー「アフターレポートプリーズ」

おなじみの面々だった。

青木「初めてなので優しくしてください」

完「心象映像抽出に優しいも厳しいもありませんが…」

どちらかと言うと、お手柔らかにお願いしたいのは

完のほうだった。

本人にすら自覚できない、「足りない何か」。

誰も見たことのない物を、これから一人で

見届けなければならないのだ。

何が映るかわからないモニタ。

何を言うのかわからないスピーカー。

何も言わない青木。

了「……さん、兄さん」

完「は……」

機材設置の助手についていたのは、弟の了だった。

了「兄さん、大丈夫?」

完「僕も…初めてだから…」

青木「え、そうなんですか」

了「そうなの?」

完「うん…青木君、今からでも担当者は変えられるよ?」

青木「全く見ず知らずの人は、ちょっと…」

このあたりは意見の分かれるところだ。

他人の心象映像を見るにあたって、

担当者はある程度の守秘義務を課せられる。

担当者が映像を見ただけでは診断しかねる場合、

機関内の有識者の間でのみ公開しても良いことになっている。

つまり、完が見た時点で「足りない何か」が分かれば、

それに越したことはないのだ。

了「抽出に使うのは、情技での補助装置と同じ物だから」

青木「なんだ、そうなの?」

了「そうみたい。残念ながら」

完「残念ってことないでしょ…」

青木「いや…なんかもっと、ものすごいの想像してたんで…」

完「名前は大げさだけど、技術は君たちが普段やってることの応用だから」

青木「そういうモノなんですか」

完「それじゃ…これ」

完がクリップボードに挟まれた 誓約書 を差し出す。

そこには長々と文章が書かれていたが、要約すれば

「自分の心象映像について、

 必要に応じて機関内での共有を認める」

ということだった。

完「それと、青木くんの場合は情技室員だから、室長にはどうしても公開することになるんだけど…」

青木「それは…ここに入所してる人と同じですよね」

完「いや、資料として」

青木「え?」

完「情技に勤務してて心象受けた例ってほとんどないみたい」

了「異例のモルモットか…」

使える情報は何でも使う。

ここは視聴覚・言語情報総合伝達技術開発室なのだ。

青木「オレなんかで資料になるのかなあ」

青木はクリップボードに取り付けられたボールペンを取り

 青木 真人

(あおき まこと)

と署名した。

完「じゃあ、始めるから…」

完が了に目配せすると、了は部屋を後にする。

了「兄さん」

完「何?」

了「青木のこと、よろしくね」

完「……うん…」

今一つ自信の無さそうな返事をする完を後目に、

青木は自分で器具を身につけていた。

完「青木くん、待って」

青木「え?」

完「青木くんには、今から眠ってもらわなきゃいけない」

完がトレイから注射器を取り出す。

青木「え…じゃあ自分で見られないんですか?」

完「意識のある状態だと心象映像だけを明瞭にとらえられないからね」

青木「あとで見せてもらえるんですか?」

完「それはこちらで判断させてもらうよ」

この会話は注射をしながら行われていた。

青木は診察台に横たわり、ほどなくして意識を失う。

脈拍、呼吸ともに安定し、脳波は眠りの波形を表す。

完「…これより、青木真人の心象映像抽出を行います」

意識のある人間は完の他に誰もいない部屋で。

律儀に開始宣言をした完は、青木に繋がれた装置を機動した。

その瞬間、室内に爆音が満ちた。

完「!…!!」

反射的に耳をふさぎ、あわててスピーカーの音量を下げる。

モニタに見えるのは、青木以外の人、ひと、ヒト…

それらはこちらに向かって声援を送っているようだ。

完(…見下ろしている…?)

青木は人々を見下ろしていた。

が、同じ高さの位置にも数人の人間がいた。

ドラムセットの前にひとり。

エレキギターを持ったひとり。

キーボードの前にひとり。

青木の視界の近いところにもギターがかすめた。

完(…青木くん…ギター持ってる…?)

青木「みんなああああああああああ!!!!」

観客「いえええええええええええい!!!!」

完はまた耳をふさぎたくなった。

青木の声はマイクとアンプを通して増幅されていたのだ。

ドラム「まことぉおおお!!」

青木「行くぞオラァアアアア!!」

ギター・キーボード「せーのっ!」

そこからは爆音轟音大音声。

完はまたスピーカーの音量を下げた。

この騒音の中で眠っていられる青木が不思議でならない。

 またそこでなにスネてんの

 (だってだってでもでもだって)

 あれほどボクが言ったでしょ

 (だってだってでもでもだって)

歌が始まる。

映像を見た限りでは、歌っている人間はステージにいない。

完(青木くんが歌ってるの…!?)

 そうやってスネてればきっと

 だれか来てくれると思ってんの

 ムシが良すぎ 都合が良すぎ

 ボクはキミの便利屋じゃないよ☆

青木の歌声は、普段の声と全く釣りあわない。

叫ぶ高音、突き抜けるロングトーン

 さっさとどっか行っちゃえよ

 ボクなんてアテにしてないで

 かわいいキミのことだから

 いくらでも候補はいるんでしょ

 さっさとボクを置いてって

 キミのおもりなんてつかれたよ

 かわいいキミのことだから

 突き放せば文句言うんでしょ

 めんどくさい めんどくさい

 キミのすべてがめんどくさい

 めんどくさい めんどくさい

 もうなにもかもめんどくさい!

叩きつける歌声は声援と交じり合って弾け、

青木の内側に果てしない高揚感を生みだしたようだった。

 めんどくさい!

 めんどくさい!!

 めんどくさい!!!

 めんどくさい!!!!

完(ちょ、ちょっと、大丈夫なの?この歌…)

しかし、青木が「めんどくさい」と歌い叫ぶたびに

会場の人並みが呼応して「めんどくさい」と叫ぶ。

やがて彼らの「めんどくさい」は完全にシンクロし、

世界は「めんどくさい」で覆い尽くされた。

その頃合いを見計らったかのように、

すべての楽器の演奏が止まる。

そして

青木「めんどくさ-------------い!!!!」

先ほどまでと同じ高音で青木が叫んだ。

視界には青空。

完(空をあおいで「めんどくさい」って…)

一瞬遅れて拍手と声援の渦。

そして、映像はフェードアウトしていく。

思い残すことが、無くなったかのように。

完はしばらくその虚無をうつろに眺めていたが、

これ以上得られる情報は無いだろうと判断し、

装置を停止した。

もちろん、抽出した映像は録画済みである。

未だ眠ったままの青木の首から装置を取り外し、

記録メディアを機材から取り出した完だったが、

完(…青木くんに何て言えばいいのかな…)

完はしばらくその場で考え込んでいた。

【情技室長室】

如月「やあ」

ひと仕事終えた完は、青木から抽出した映像データを持って

情技室長室に来ていた。

如月「どうだった?」

完「再生の際は、音量を小さめにしたほうがいいと思います」

如月「へえ…青木くんになんて言うの?」

完「一種の…欲求不満、かと」

如月「あれれ、それって性的な?」

完「いえ…何か、発散したいことがあるようです」

如月「ふーん…何かため込んでるのかなあ?」

如月は、記録メディアをノートPCにセットし、

あらかじめ音量を絞って再生してみた。

如月「なにこれww超楽しいwww」

完「そ…そうですか…?」

如月「青木くんって大学の軽音部でベースボーカルやってたんだよね」

完「ベースボーカル…」

完はようやく納得した。

完「青木くんは…ロックバンドをやりたい、と…」

如月「しかもベースボーカルでね」

完「なるほど…」

できなかったから、今更内側で噴出したのだ。

完「このやたらに破滅的な歌詞には何か意味が…?」

如月「そんなに破滅的でもないんじゃない?」

完「そ…そうですか…」

如月「これ、青木くんに見せてあげてもいいよね」

完「…大丈夫だと思います、多分」

如月「しっかりしてよ主治医さんw」

完「青木くんが情技の室員でなかったら、僕は最終の精神科医に指示を仰ぐところでした…」

如月「中畑先生、心象初めてだもんね」

如月はPCから記録メディアを取り出すと、席を立った。

そして、完の肩に軽く片手を乗せる。

故意に完の視界の外に自分の顔を置いて続ける。

如月「…でも、このくらいの判断は独断でできなきゃね」

完「………」

如月「言っておくけど、こんなの映像としては全然刺激的な部類に入らないからね。将来精神科医として心象やらされるかもしれないんだから、ある程度耐性はつけておいたほうがいいかもよ?」

完「………はい」

如月「いいお返事です☆」

如月は完の肩をぽんと叩いて、

如月「あーおきくーん、起きたぁー?」

と言いながら部屋を後にした。

完はその場で軽いため息をついて、

完「…失礼しました」

誰もいない室長室に向かって挨拶し、部屋を出ていく。

後日。

総合病院の院内掲示板の前で、一枚の貼り紙に

釘付けになっている叶具の姿があった。

「ロックバンドのメンバー募集

 ベースボーカル:青木(情技)」

叶具「ドラムあいてる…!!」