高校兄弟の夏休み
完が高校2年、了が高校1年の夏休み。
羊A「メエェエェエ」
了「お前じゃない!」
羊B「メエェエェエェエ」
了「お前でもない!」
羊C「メ゛--------!!!」
了「お前だコラァア!!待ちやがれコレでも食え!!」
そこは、平和な戦場だった。
【有頂天高原動物王国 正門】
一「それでは、解散☆」
一が号令をかけると、完と了は思い思いの方向へ向かう。
完はにゃんにゃんハウスへ。
了はどうぶつふれあいパークへ。
両親は湖へ。
夏休みのテーマパークは混み合っていた。
それでも、中畑一家は思う存分楽しんでいた。
ここは、中畑一家が毎年訪れる定番の行楽スポットなのだ。
有頂天高原動物王国。
中畑家が住む県北部の「有頂天高原」にあり、
さまざまな動物が飼育され、園内でふれあうことができる。
犬・猫・小動物それぞれ専用の室内鑑賞ハウス、
ヤギや羊を餌付けできるどうぶつふれあいパーク、
ボートに乗り、鯉に餌付けできる人工の湖。
兄弟が小さい頃は家族全員で各コーナーを巡ったが、
兄、弟ともにお気に入りのスポットができて、
毎年決まったところに行くようになった。
あちこちふらついているのは、今となっては両親だけだった。
【有頂天高原動物王国 どうぶつふれあいパーク】
羊C「メ゛--------!!!」
餌付け用の餌はふれあいパークの外で販売されている。
そして、原則としては柵の外から餌付けすることになっている。
が、立ち入り禁止というわけではない。
餌を持たない状態で羊やヤギのいる柵の中に入り、
撫でたりさわったりするのが本来の楽しみかたである。
しかし、
了「おいお前!さっきからストレートで鳴きやがって!」
羊C「メ゛----!!」
了「これでも喰らえこの野郎!!」
羊C「もしゃもしゃ」
このように、餌を持った状態で柵の中に入る者もいる。
しかし、これには相応のリスクが伴う。
羊A「メェエェエェエェエェ!!」
羊B「メェエェエェエェエェエェ!!!!」
幼児「うええええええええん!!!」
餌欲しさに猛獣と化した草食動物が
その手にある餌めがけて群を成して突進するのだ。
かみ殺される危険はないが、幼児にとっては恐怖である。
了「くぉらァお前らぁああああ!」
幼児を追いつめている羊やヤギたちの背後の地面に、
了が大量の餌をばらまいた。
猛烈な勢いで動物たちが餌に食いついているうちに、
幼児が母親に救出される。
了「お前らの相手はこのオレだああー!」
羊「メ゛ェエェエェエェ!!!」
そこは楽園という名の戦場だったのだ。
【有頂天高原動物王国 にゃんにゃんハウス】
完「…久しぶり」
幾多の種類の猫が思うままにくつろぐその部屋で、
完は一匹のロシアンブルーに寄り添った。
手入れの行き渡った毛並みは美しく、遠目には老いを感じさせない。
だが、そのロシアンブルーは完が5歳の頃から
にゃんにゃんハウスで飼われている。
もう引退してもおかしくない年齢だった。
完のことなど特に気に留めていない様子で
うたた寝しているロシアンブルー。
完はそんな彼の背中にそっと手を触れた。
完「もう、忘れちゃったかな…」
幼い記憶。
完「君と一緒に家に帰るんだって、泣いてた僕だよ…」
5歳の完は、このロシアンブルーにこだわった。
店員が他の猫を差し出しても完は首を横に振った。
そもそも和が家で猫を飼うことに反対した。
完「年に一度は会いに来てるけど…」
来年は会えるのだろうか。
それまで、生きていてくれるのだろうか。
ロシアンブルーは、のそのそと完の膝の上に乗り、
またさきほどのようにうたた寝をし続ける。
完「ねえ…ここで待っていてくれる…?」
【有頂天高原動物王国 湖】
和「こーいこいこい、鯉さんこ~い」
一がゆるやかにボートを漕いでいる向かい側で
和は鯉に餌をやっていた。
一「さっきからたくさん寄ってきてるでしょ」
和「このまだら模様の鯉さんにあげたいのよ」
ついては来るものの、餌に食いつかない。
そんなあまのじゃくな鯉を相手に、和はプチ奮闘。
和「まだらちゃん狙い撃ちっ!」
一「鯉の餌は撃つモノじゃないでしょww」
和「だって~」
鯉を相手に童心に帰る和を、一は微笑ましく見守っていた。
【有頂天高原動物王国 にゃんにゃんハウス】
了「兄さん」
完「…………ん」
完もうたた寝していたのだった。
了「ごめん、資金が切r」
完「はい」
完が了に財布をまるごと差し出してしまった。
了「い、いいの?」
完「いいから早く行って…」
完の膝の上のロシアンブルーが、
了のヤギ臭さに目を覚ましてしまったのだ。
邪魔者を見るかのように、了をじっと見ている。
了はそっとその場をあとにして戦場へ向かう。
完とロシアンブルーは、うたた寝を続行する。
一と和はボートの上で、他愛のない会話を楽しむ。
時を忘れ、日々を忘れ、そしていずれ日常へ還る。
そんな小さな夏休みを、家族は大切にしていた。
また来年も行こうねと約束を交わすところまで、
毎年同じ。
そんな「夏休み」が来年も来ますように、と。
願う家族の帰る家は暖かかった。
この年までは。