某医療機関での日常

現代医科学恋愛ファンタジーというわけのわからないジャンルの創作文置き場。 小説というカタチを成していないので読むのにいろいろと不親切。たまにR18。 初めての方は「世界観・登場人物紹介」カテゴリを一読の上でお読みください。

新緑の季節

青木「オレ心象受けようかなあ」

長瀬「え?」

了「は?」

マカポー「Why?」

【昼休み 医療機関礼英 第3食堂】

青木の言った「心象」とは

情技で行われる「心象映像抽出技術」である。

これとは別に「脳内映像再生技術」もある。

「脳内映像再生」は本人が実際に体験したことを映す。

「心象映像抽出」は、本人が実際に体験していない願望、夢想、妄想、その他を洗いざらい映し出す。

いずれも対象者のメンタルに深く関わるため精神科医の資格を持つ者しか担当できず、

「心象」に至っては知識量で最終と情技を行き来できる者しか担当できない。

了「なんでまた心象なんか…?」

長瀬「オレ死んでも受けたくねぇわそんなん」

マカポー「me too」

青木「うーん…」

青木はラーメンをひとくちすすると、

青木「なんか、自分で自分がわかんなくなったんだよね」

と、相変わらずのんびりした口調で言った。

長瀬「なんか悩んでンのか?」

マカポー「アッシらでよければ相談please」

青木「いや、だから、なにを悩んでるのかもわからん」

了「そういうことか…」

食事中の空気が少し重くなったが、

当の本人である青木自体は通常運転だった。

青木「今の生活に特にひどい不満はないんだけど、なんとなくどっか足りなくて、でも彼女いないのは別にいいやと思ってるし、そんなに性欲もないし、休日は好きなことやって過ごしてるし、好きな時に好きなモノ食ってるし、みんなとこうしてて楽しいし、でもなんか足りない」

特に不満げという風でもなく。

青木は淡々と自己の心情を打ち明けた。

そのあとは普通にラーメンをすすっている。

マカポー「青木は What I want ? というコトカ」

青木「ん」

長瀬「うーん……」

了「それはちょっともやもやするよな…」

心象映像抽出により、

願望や妄想を洗いざらいさらけ出す。

当然、担当している医師もそれを見ることになる。

万が一、青木がその身に危険思想を宿していた場合、

自覚症状がなかったぶんだけ余計にコトが大きくなる。

青木以外の3人の頭によぎったのは

(心象受けてヘタすりゃ総合の精神科行き…か?)

だった。

自然と無口になってしまう3人をよそに、青木は話す。

青木「心象担当してくれんのって誰だっけ」

了「…鈴木さん?」

長瀬「脳内はともかく心象は無理だろ」

マカポー「…ココロアタリがひとりしかいないんダガ」

青木「誰?」

マカポーは無言で離れたテーブルをそっと指さした。

離れたテーブルで。

完「…あの」

鈴「はい」

完「紅茶は…どうでしたか」

完の言う「紅茶」とは、彼から鈴へのホワイトデーの贈り物である。

鈴「あっ、はい、あの、アップルティーがおいしくて」

青木「すいません」

完「!?」

ホワイトデーの贈り物の感想を聞いている時に

いきなりほぼ真正面から青木の「すいません」で

完は困惑した。

青木「昼休みでしかもリア充してるとこ申し訳ないんですけどオレに心象やってください中畑先生」

完「は……?」

そこにあわてて了が駆けつけてきて、

了「ばっ、青木ちょっとお前こっち来い!!ごめんね兄さんあとでね!!」

と言いながら青木を元の席まで連行する。

鈴「あ…青木先生どうしたんでしょうか…」

完「心象って…情技でのかなり高度な技術ですよね…?」

鈴「はい…」

ホワイトデーの紅茶どころではなくなってしまった。

が。

完「あの店のアップルティーは僕も好きです」

鈴「……あ、えっと、そうなんですか」

完がいきなり話題を元に戻したので、鈴もあわててそれに習う。

完「ですが、アップルティーしか飲んだことがなくて」

鈴「え?」

完「詰め合わせになっていた他の物も味を確かめようかと思ったのですが…その前に草餅さんにとってどうだったのかを知りたかったので」

鈴「あ、わ、私もまだアップルティーしか…」

完「え?」

鈴「そ、それもまだ一杯しか飲んで…なくて…」

完「えっあの、ひょっとして紅茶は苦手…」

鈴「いえ違いますそんなことないです!ただその、も、もったいなくて…//////」

完「え…///////」

了に連行され、着席させられた青木は首をかしげていた。

青木の視線は青木からは背面の完に向けられている。

マカポー「正直スマンカッタ…」

長瀬「いやマカポー悪くないだろ」

了「なんで青木は普段はぼんやりしてんのに思い立ったが吉日なんだよ」

青木「まだ返事きいてない…」

了「オレが聞いておくから兄さんがリア充してる時は勘弁してやってくれくださいお願いします」

長瀬「中畑低姿勢すぎワロタがワロエナイ」

マカポー「どっちかにシヤガレ」

医療機関礼英 総合病院 第2食堂】

龍崎「…でさ、叶具(かなぐ)くん」

叶具「は、はいっ」

龍崎「もうめんどくさいからKINGでいい?」

叶具「はい!?」

2012年の春。

礼英総合病院にひとりの理学療法士が就職していた。

叶具と書いて「かなぐ」と読み、

口頭で自己紹介すると必ずネジだのちょうつがいだの言われる。

その「金具」から読みが転じて大学では「キング」と呼ばれていた。

大学を卒業してすぐに就職し、

なんとか仕事に慣れてきたかな、というところで

何故か「院長」である龍崎と昼食をともにしていた。

かたや世界最高峰の医療機関にある総合病院の院長。

かたや4年制大学新卒の理学療法士

緊張しないはずがない。

しかし、やはり龍崎はいつでも通常運転なのだ。

龍崎「ねえKING」

叶具「は、はい!?」

龍崎「面接の時言ってたでしょ、そう呼ばれてたって」

叶具「それはそうですがそれは大学であの」

龍崎「ねえ、食べたら?」

叶具「は、はいっ」

味などわかるはずもない食事を詰め込む新人を

龍崎はにこにこと眺めていた。

医療機関礼英 第1食堂】

卯月「ねえ」

柏崎「はい?」

二宮は出張、矢野は手術、完は第3食堂。

今日くらい中畑がここにいてくれたっていいのに、と

思っていた柏崎に話しかけてきたのは

最終医科学研究所の所長、卯月だった。

卯月「紺野さんとはどうなの?」

柏崎「はい!?」

卯月「情技行く?言語で」

柏崎「…友人にすらなっていません」

卯月「え、そうなの?」

柏崎「そういう…体制に敷かれてるんで」

卯月「まだあったの?そのナントカ同盟」

柏崎「ありますが、トップの龍崎機関長は未婚ですか?」

卯月「結婚してるよ、子供は3人」

柏崎「…なら同盟員としての資格がありません」

卯月「どういうこと?」

柏崎「同盟は、紺野さんに好意を持つ、未婚の男性で構成されています」

卯月「あちゃー…それは矛盾だねぇ」

柏崎「あの…一部の同盟員の間で流れている噂があるんですが…」

卯月「どんなの?」

柏崎「その…紺野さんが機関長の愛人だとかなんとか…」

卯月「………」

柏崎「違いますよね…そんなことないですよね?」

卯月「…知りたい?」

卯月の目の色が暗黒の光を帯びた。

目以外のパーツはすべて笑顔で出来ているのに、

卯月は笑っていない。

狙 っ て いるのだ。

柏崎「…できることなら…本当のことを知りたいです」

卯月「禁酒ね」

柏崎「…はい」

卯月「あとコレ」

卯月は白衣の胸ポケットから一枚のカードを取り出す。

無記名の臓器提供意思表示カード。

卯月「柏崎くん、同意してなかったよね」

柏崎「…両親の理解が得られず…」

卯月「じゃあ、禁酒誓約のぶんだけ情報提供してあげる」

柏崎「…紺野さんは、未婚ですか?」

卯月「それは禁酒じゃお代が足りないねぇ」

柏崎「…紺野さんは…機関長の愛人なのですか…?」

卯月「違うよ」

柏崎「愛人でなかったら何ですか?」

卯月「なんでもないよ」

柏崎「え…」

卯月「あ、これ以上は有料だから」

柏崎「お…おいくらで…」

卯月「煙草は…やってないよね」

柏崎「はい」

卯月「近いうちに出張ね」

柏崎「どこですか…」

卯月「ドイツ。ビール飲まないように監視つけるからね」

柏崎「…はい」

ドイツへの出張でビールを禁じられるのは、

柏崎にとってはかなりの苦痛である。

それでも柏崎は、紺野雪に関する情報が欲しかった。

それこそ喉から手が出るほどに。

卯月「出張から帰ってきたら、どうして龍崎くんがリーダーやってるのか教えてあげるよ」

柏崎「あのっ、」

卯月「ん?」

柏崎「機関長が何か紺野さんの弱みを握っているとかではないですよね…?」

卯月「ないよ。本当に龍崎くんと紺野さんはまったくなんにもないよ。今日はここまでね」

卯月は一方的に話を打ち切り、去っていった。

柏崎は胸をなで下ろしていた。

紺野雪は同盟トップの龍崎の手に堕ちていたわけではない。

それがわかっただけでも、大きな収穫だった。

医療機関礼英の周囲の田園には稲が植えられ蛙が目覚め、

北に見える山々は淡い新緑に彩られていた。