某医療機関での日常

現代医科学恋愛ファンタジーというわけのわからないジャンルの創作文置き場。 小説というカタチを成していないので読むのにいろいろと不親切。たまにR18。 初めての方は「世界観・登場人物紹介」カテゴリを一読の上でお読みください。

柏崎の苦悩 2

好きだと言えたら、こんなに苦しまずに済むのに。

たとえその想いが拒絶されても。

伝えないままでいることが辛かった。

吐き出したかった。

「そのなんちゃら同盟おかしいよ」

言われるまで気づかなかった。

敷かれた体制に従ったままで何の疑問も持たずにあの日まで。

紺野 雪。

彼女は今年も、誰にもバレンタインデーの贈り物をしなかったようだ。

少なくとも、「同盟員」の目に留まるような所では。

もともと医療機関礼英は「虚礼廃止」が徹底していて

上の立場の者が暗に「義理チョコ」を求めるようなこともない。

が、廃止されているのは「虚礼」であり、

「本命」は持ってきてもいいようだ。

これはあの変わり者の龍崎機関長からの「お達し」である。

紺野さんに「本命」はいないのか。

それとも、外部に「本命」がいるのか。

それ以前に、未だに既婚か未婚かすらわからない。

柏崎宗一は、

想い人である紺野雪についてほとんど知らないと言えた。

好きな食べ物。

好きな場所。

趣味。

特技。

好きなタイプ。

休日の過ごし方。

何ひとつ、知らない。

知っているのは外見と声と話し方、

仕事の能力…つまり、見ればわかることだけ。

長くまっすぐな黒髪を後ろでひとつに束ね、

束ねた所に控えめな色形の装飾をしている。

それはバレッタだったりシュシュだったり、

日によって違う。

化粧はしないが、もとから顔の造形が整っているため

柏崎から見れば化粧など必要ないと思えた。

もともと柏崎は薄化粧の女性が好みだった。

資料室からファイルを探せと命じれば、

あの膨大な量の資料から素早く目的の物を持ってくる。

採血などの腕も良いらしく、患者からの評価も高い。

物腰は柔らかく丁寧で、かつ慇懃無礼さが微塵もない。

高くも低くもない耳に心地よい音域の声で

彼女から「お疲れさまです」と言われれば、

たちどころに疲れが吹っ飛んでしまう。

実際に疲れが吹っ飛んでしまったのだ。

2月14日の手術終了後に。

なぜ彼女があのような時間まで

最終医研にいたのかはわからない。

たまたま夜勤にあたっていたのかもしれない。

理由はどうでもよかった。

その日の雪の「お疲れさまです」が

柏崎の心を捕らえて離さなかった。

同時に苦しくなった。

彼女の「お疲れさまです」は、

柏崎のためだけに存在しているわけではない。

そんなことはずっと前からわかっていたはずだった。

なのに苦しくなった。

礼英職員寮の一室で。

柏崎は日本人男性の平均より大柄な体躯を

独り、セミダブルベッドに預けていた。

同盟員最年少のこの身で、言えるはずがない。

「完全に膠着状態じゃない」

条件は年齢に限らず誰も同じ。

紺野雪は絶対不可侵領域。

柏崎と同じ思いをしている医師もいるのだろう。

「美女と野郎」

そして、自分が彼女に不釣り合いなのではと

思い悩んでいる者もきっといるのだろう。

柏崎(…そういえば、同盟のトップって誰だ…?)

最終医研に入って間もなく、

資料室で無理矢理わけのわからない書類に署名させられ、

「ナースエンジェル同盟」に入らされた柏崎には

そこまで確認する余裕はなかった。

なんとなく二宮に携帯電話でメールを打ってみる。

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件名:ナースエンジェル同盟の

本文:トップって誰だ?

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すぐに返信された。

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件名:そんなことも知らねぇの?

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そして、本文を見て柏崎は愕然とした。

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本文:龍崎機関長だよ

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