某医療機関での日常

現代医科学恋愛ファンタジーというわけのわからないジャンルの創作文置き場。 小説というカタチを成していないので読むのにいろいろと不親切。たまにR18。 初めての方は「世界観・登場人物紹介」カテゴリを一読の上でお読みください。

ハッピーバレンタインデー2012

「柏崎先生からのチョコレート、楽しみにしてます」

「…私は男だし、貴方も…それに、その日は…」

「先生、知らないんですか?外国では、バレンタインデーに男性から贈り物をするところもあるんですよ」

「………」

「だから柏崎先生、

2月14日 午前9時。

最終医科学研究所内 第2手術室にて。

「僕に、命というチョコレート、ください」

日付指定の贈り物を、その胸にこの手で。

患者という立場でありながら、今まで幾度となく

柏崎の恋愛相談にのってくれていた彼への、

「最初で最後」の恩返し。

最初で「最後」にしなければならない。

ここは「最終」医科学研究所なのだから。

柏崎「…術式開始」

執刀医である柏崎を筆頭に、胸部外科医が3人。

計器監視員、助手の看護士。

今日は、バレンタインデーである。

【昼休み 医療機関礼英 連絡通路】

マウス・ラット「中畑せんせーvv」

第3食堂へ向かう完を待ちかまえていたかのように

マウス・ラットと蔑称されている女性看護士が二人、

きらびやかな包みを手に立ちふさがった。

完「急いでいるので、失礼します」

と言って通り過ぎようとする完に、二人が小走りで先回りする。

マウス「今日はバレンタインデーですよ☆」

ラット「何かお忘れじゃありませんか??☆」

完「機関施設内では走らないこと。貴女たちもお忘れなく」

二宮「おーいかわいこちゃーん☆」

矢野「ねーねー、そのきれいな箱なぁに~?」

二宮と矢野がマウスとラットにまとわりついた。

二宮「ひょっとしてバレンタインデーだ・か・ら?」

矢野「中畑に頼んでオレたちに渡そうとしたのかな~?」

マウス「えっ」

ラット「あの」

そんなやりとりをしている最中に、矢野が完の背中を軽く押した。

「早く行け」の合図。

完「失礼します」

完は事務的な言葉を残し、第3食堂へと向かった。

完(…あとであの二人にお礼言わなきゃ)

【昼休み 医療機関礼英 第3食堂】

完が急いでいたのは、弟との「約束」があったからだ。

「2月14日、絶対に第3食堂に来ること」

医療の現場に「絶対」はあり得ない。

それでも了はあえて「絶対に」という言葉を使った。

幸い、この日の完には手術等の予定は入っていなかった。

二宮と矢野の機転のおかげで、到着にそれほど遅れもない。

鈴「あっ、あの」

完「あ、草餅さん」

鈴「ご…ご一緒してもいいですか…?」

緊張を隠せない様子の鈴をよそに、完は弟を探していた。

完「構いませんが、僕は弟に呼び出されたんです」

鈴「そ、それは私が中畑先生に頼んだんです…」

完「え?」

鈴「きょ、今日、うさぎさんがここに来てくれるようにと…」

真っ赤な顔でうつむいて。

鈴の台詞の最後のほうは消え入りそうだった。

完「そうだったんですか。えーと…」

鈴「はい?」

完「何を食べるか決めていなかったので」

完は相変わらず通常運転だった。

鈴「今日は和食にも洋食にも魚料理がありますね」

完「そうなんです。それで迷ってしまって…」

龍崎「やっほー☆」

食堂「機関長!お疲れさまです」

雰囲気がぶちこわしである。

龍崎「ねえハンバーグに目玉焼き乗せてぇ」

食堂「うっ、そ、それはその…」

完「…和食Bをお願いします」

鈴「あっ、えっと、洋食Aをお願いします」

完はとりあえずその場を立ち去れれば何でもよかった。

鈴は完が和食の魚料理を頼んだので、洋食の魚料理にした。

鈴(これでひとくちずつ交換とか…な、ないよね、ないない)

鈴は食事を運びながら妄想を打ち消していた。

とあるテーブルの上に何かのファイル。

ロッソ「りーんー!席とっといたよ!」

鈴「ありがとロッソ」

ロッソ「じゃね☆」

ロッソは鈴にバトンタッチすると、その場を去り、

ピアノ、プリモのいる席へ歩いていった。

座っていた席に、シンプルなデザインの紙袋を残して。

この紙袋はロッソの忘れ物ではなく、鈴が用意したものである。

椅子の上は完からは死角で、紙袋の存在は気づかれていない。

離れた席で。

ロッソ「任務完了」

プリモ「よくやったロッソ」

ピアノ「大儀であった」

ロッソ「これで優さん一日占有権…!!」

プリモ「そんな約束してたの!?wwww」

また別の席で。

了「宮越ロッソさんありがとう…」

長瀬「り…柏木さん、ちゃんと渡せるんかな」

マカポー「ここまでお膳立てしてもらってヘタレはno no」

青木「了の奥さんも一日ロッソに貸し出しだしね」

了「嫁をエサにするオレもなンだけど、あっさりOKするオレの嫁…orz」

鈴「しゃ、鮭のマリネおいしいです」

完「そうですか。確かにおいしそうですね」

鈴「アジの開きもおいしそうです」

完「ええ、おいしいです」

無難すぎる会話。

完「で、僕はどうして呼び出されたんでしょうか」

鈴「んぐっ!」

鈴は鮭のマリネを喉に詰まらせた。

完「大丈夫ですか?」

鈴「えほっ…だ、大丈夫です…」

完「了が「絶対に来い」と言うので、一体なにがあるのかと…」

念のために再度書くが、今日はバレンタインデーである。

それに、さきほど完はマウス・ラットからそれにちなんだ贈り物を渡されかかったばかりだ。

が、完は決してわざととぼけているわけではないのだ。

鈴(も、もうこうなったら予定変更…!!)

鈴は、食後に渡そうと思っていた紙袋を

隣の椅子から持ち上げて、完に差し出した。

鈴「えっと…おクチに合えばいいんですけど……」

完「……………?」

鈴「ち、ちょこれーとけーき…つくってみました…」

完「?………はい……」

完は首をかしげながら紙袋を受け取る。

鈴「きょ、きょうは…ばれんたいんでーなので…」

完の反応を見た鈴が、念のために付け加えた。

完「ああ、友チョコですね。ありがとうございます」

鈴は派手にずっこけた。

長瀬「おい中畑、お兄さんまた何かやらかしてンじゃねえの?」

青木「柏木さん危篤状態間際っぽ」

マカポー「まさか義理チョコ乙とか言ってないダロウナ」

了「それはないと思うけど、それに近いことは言ってるかもしれない…」

完は笑顔で応じたが、鈴の意図は伝わらない。

完「女性同士がお互いに手作りのチョコレートを交換しあう「友チョコ」が近年流行っていると同期の友達に聞きました」

鈴「あっ、あの……」

完「すみません、僕は草餅さんの「友達」なのに「友チョコ」を用意していません」

鈴「えっと、その………!!」

完「なので、お返しはホワイトデーでもいいですか?」

鈴「えっ……………」

懸命に誤解を解こうと思っていた鈴だったが、完の言葉で我に返る。

バレンタインデーに受け取って、ホワイトデーにお返し。

これなら、男女のやりとりとして一応間違いではない。

だが、鈴が贈ったのは「友チョコ」ではなく「本命チョコ」である。

完「でも…手作りは期待しないでください。草餅さんの命の保証ができかねますので」

鈴「えっ」

完「僕には料理の経験がないんです」

鈴「えっと…材料が「食べられるモノ」であれば少なくとも命にかかわるようなモノにはならないと思うんですが…」

完「そういうモノなんですか?」

およそバレンタインデーにおける男女の会話からはかけ離れていた。

鈴は頭を抱えたくなった。

そんな鈴をよそに、完は紙袋を上からのぞき込んだ。

完「おいしそうな匂いですね。食べるのが楽しみです」

鈴「あ…は、はい…お、お早めに召し上がってください…」

完の笑顔は単純に

「おいしそうな物を目の前にした喜び」から来るモノだったが、

それでも鈴の瞳には輝かしく焼き付いた。

【某県郊外 中畑家 リビング】

完「ただいま」

和「おかえりなさい…あら、どうしたのソレ」

和が完が持っている紙袋を目ざとく凝視する。

今日はバレンタインデー。

毎年、和は完のためにチョコレート菓子を作るのだ。

完「友達からもらったんだよ」

和「えっ、男の人!?」

完「女の人だよ」

和「あらあら!まあ!そうなの!?」

和がやたらとはしゃいでいる。

完「えーと…友達だからね?」

再度言った「友達」という言葉に、

完は自分で説明できない引っかかりを覚えた。

完(僕と草餅さんは「友達」……)

和「ねえねえ、見せて見せて」

和が紙袋に手を伸ばそうとする。

完はとっさに紙袋を自分の頭上に掲げた。

完「だ、ダメ………」

完は自分で自分の行動に説明がつけられなかった。

とにかくこのチョコレートケーキは独占したかった。

そんな完を見て、和はとても嬉しそうだ。

和「若いっていいわねぇ~♪」

そう言いながら、夕食の準備を始める。

食後には、和が作ったチョコレートクッキー。

和「来年からは、お母さんが作ることもないかもしれないわね」

完「そんなことないよ。おいしい。いつもありがとう」

完の言葉は、心からの感謝だった。

【中畑家 2階 完の自室】

部屋に紅茶を持ち込んだ完は、紙袋の中身をそっと取り出す。

ケーキと一緒にメッセージカードが入っていた。

「うさぎさんが第3食堂に来てくれるのを

 いつも楽しみにしています

 お体に気をつけて、お仕事がんばってください

                     草餅」

少し丸い文字で。

カードの右下には、和菓子のうさぎのイラストが添えられていた。

完(草餅さん、絵が上手だな…)

チョコレートケーキは、ひとくち大の立方体が個別包装されて15個入っていた。

完(ひとつくらいお母さんにわけてあげてもよかったかな…)

そう思いながらクチに運んだ瞬間、その思考は吹っ飛んだ。

しっとりと重く、甘みよりも苦みのほうが少しだけ強い。

紅茶などなくても、いくらでも食べられそうだった。

完は迷った。

独り占めしたい。

でも、こんなに美味しい物を…

迷った結果、完はチョコレートケーキをひとつだけ

母に持っていった。

和「あらあら、いいのに」

完「食べてみて、すごく美味しいから」

和「…あら本当、完の好きそうな味ね」

完(僕の好きそうな味……?)

鈴は、何を思いながらこれを作ったのだろうか。

完はそれが気になって仕方がなかった。

医療機関礼英 最終医研内 第2手術室】

柏崎「術式終了」

助手、計器監視員、看護士たちから拍手が起こる。

手術が終わっても、患者のバイタルは安定していた。

柏崎(…ハッピーバレンタインデー)

麻酔で眠ったままの患者の顔を見ながら。

ホワイトデーが来る頃にはすでに最終医研から去っているであろう彼へ。

日付指定の贈り物を、その胸にこの手で。

ハッピーバレンタインデー。