某医療機関での日常

現代医科学恋愛ファンタジーというわけのわからないジャンルの創作文置き場。 小説というカタチを成していないので読むのにいろいろと不親切。たまにR18。 初めての方は「世界観・登場人物紹介」カテゴリを一読の上でお読みください。

高校兄弟 3

春。

中畑兄弟は進級し、完は高校3年、了は2年になっていた。

完は3-A、了は2-Cクラスに籍を置くことになった。

【某県立中央男子高 2階 2-C 教室】

了「ふう…」

1年の頃に散々セクハラをしていた変態3人組は

全員クラスがバラバラになっていた。

…が、元1-Cに在籍していた36名が全て散り散りになったわけではない。

1学年に9クラスしかないのだから、確率的には当然、

D「やあ、歩く性感帯こと中畑了くん」

E「ちょっと遊ぼうか」

F「僕もやりたいと思ってたんだよね」

こうなるわけである。

了「放せーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」

D「おーおー、イキのいい歌姫様だね」

了「誰が歌姫様だ!放せよクソ野郎ども!!」

E「大した減らず口だねえ」

F「男ふたりに羽交い絞めにされてるのに」

了「放せよ変態!馬鹿!ホモ!」

D「さぁて…、その減らず口がいつまで続くか見せてもらおうかな?」

【某県立中央男子高 1階 3-A 教室】

完(………………………あ、)

静寂の教室、机上にドストエフスキー

もちろん生徒は誰ひとりとして残っていなかった。

完(ひょっとして…また?)

完は、弟がいるはずの2階へと足を運んだ。

【某県立中央男子高 2階 2-C 教室】

了「も…もうっ…い、いい加減にっ…し…ぃああ…っ…」

息も絶え絶えに訴えている了の体重は

彼自身の両脚ではなく、EF両名の腕によって支えられていた。

D「やめてあげようか?」

了「んっ…んん…!!」

了が必死で頷くと、Dはにこやかに

D「『もっと触って』って言ったらやめてあげる」

と言った。

了「なんっ…で…」

D「言わないとやめてあげないよ?」

完「…そこまでだよ」

Dの背後にいつの間にか、了の兄である完が立っていた。

完「どうせ言ったら言ったで、『言われたとおりにする』んでしょ?」

D「ばれましたか……こんにちは、お兄さん」

Dは了に触れていた手を離し、完に対して正面を向いた。

EF両名は脚の立たなくなった了を支えながら、

ゆっくりと彼を床に座らせ、Dに並んだ。

完「……君達が跡継ぎなの?」

D「ええ」

E「1年の時、中畑弟と同じクラスだったので」

F「あの3人に『あとは頼んだ』と言われました」

了(頼むなっつーか、引き受けるなっつーか…)

了は声を出してツッコミを入れられるほど回復していなかった。

完「…もう許してやってくれない?」

D「わかりました」

E「十分楽しませて頂きましたので」

F「あとはよろしくお願いします」

3人は帰り支度を済ませると

「中畑、また明日ね」

と言って、教室から出て行った。

完「……なんだか去年とはノリの違う人たちになったね」

了「へ、ん、た、い、だ………」

完「無理して喋らなくていいから……」

Dは了の学ランのボタンを全て外しただけで、

カッターシャツは乱さなかったようだ。

それでも、了は脚が使い物にならない状態にさせられていた。

ふたりの他に誰もいない教室で、完は了を抱きしめた。

了「にっ、兄さん……誰か来たら………」

家ならともかく。

…という思考も、一般からは少しズレているのだろうか…などと

あまり良く回らない頭で了が考えているうちに、

完は了から身を離し、了の服装を整えていた。

完「立て……ない?」

了「…うん………」

壁に寄りかかって座り込んだ了は、体に力が入らない。

呼吸も未だに落ち着かず、疲労していた。

完も壁に寄りかかり、了に寄り添って床に座った。

完「少し休んだら?」

了「うん………」

休んでいるのは、何も了だけではなかった。

散々喘がされた了の体は、一がまとう空気を発していた。

隣に座った完も、その空気に触れて安らいでいた。

開いた窓から柔らかく吹き込んだ春風が兄弟の髪をそっと揺らす。

了(………………………ん?)

隣の兄から、規則正しくかつ安らかな呼吸音が聞こえていた。

距離が近すぎて、その表情は見えない。

了「…兄さん?兄さん?………にいさん?」

完「………………………んぇ?」

疲れ果てた弟の隣で、兄は眠っていたのだった。

完「ごめん…寝てた……」

了「兄さんww」

【某県郊外 住宅街】

了「危うく学校で遭難するところだったよ…」

完「ごめんね…」

満開の桜並木を、兄弟が肩をならべて歩く。

降り注ぐ陽光は、それだけでも眠気を誘うようだった。

了はあくびをひとつ。完もそれにつられた。

了「オレも疲れてたから、兄さんが寝てるって気づかなかったら寝てたかも」

完「あのまま二人して眠ってたら、いつ誰が発見してくれるんだろうね…」

了「うーん……宿直の先生かな……」

完「…そんな時間になる前に、お母さんが学校に電話するかも」

了「ありそうww」

ちょうど『ポケットベル』が一般に普及しはじめた時代。

ふたりともそういう類のモノは持たされていなかった。

兄弟揃って帰宅部である。

ほぼ学校と家を往復するだけの、平和な日々。

了「今日の『おいしいごはん』と『重大発表』って何かな?」

この日の朝、一が兄弟に告げた。

『今日はおいしいごはんと重大発表があるからね』

完「鮭のマリネ?」

了「鶏のからあげ?」

『おいしいごはん』が食い違う兄弟であった。

完「…どっちでもいいけど、重大発表のほうが気になるかなあ…」

了「オレも。なんだかとんでもないこと言い出しそうで怖い」

完「たとえば?」

了「……お母さんが妊娠したとか……」

完「………ありそうで怖いんだけど」

了「兄さん、17歳年下の妹とか出来たらどうする?(;´∀`)」

完「妹が17歳になった頃には、僕は34歳だよ……」

了「お兄ちゃんどころか『おじさんw』とか言われそう…」

父の『重大発表』について勝手な想像を巡らせながら

兄弟は仲良く帰路につくのだった。

【中畑家 1階 ダイニング】

一「ただいまー」

玄関のドアが開閉される音を聴きつけた兄弟が、揃って階段を下りてくる。

完「お帰りなさい…」

了「おかえりー」

完は神妙に、了はごく普通に迎える。

和「お手伝いしてくれるひと~」

兄弟「はーい」

今日の夕食は完の予想が当たって『鮭のマリネ』だった。

兄弟が食器を運ぶ間に、一が部屋着に着替えて食卓についた。

家族「いただきます」

了「で、重大発表って何?」

夕食に箸をつけるのもそこそこに、了が一に尋ねる。

一「だーめ。お楽しみはあとで。今日は学校どうだったの?」

一は朝に予告しておきながら、いつものペースを崩さない。

完「今日の体育の授業中にバスケ部員から勧誘されたよ」

一「完が?」

完「プレイヤーじゃなく、司令塔として」

一「へえ~、面白いねぇ。バスケ部に入るの?」

完「断ったよ。本を読む時間が減るもの」

一「やったらいいじゃない、司令塔」

完「嫌だよ…。バスケ部員なんてほとんどみんな背が高いんだから…」

高校3年にして完の身長は168cmだった。

バスケ部員の中には、180cmどころか2mに手が届きそうな者もいる。

そんな連中に囲まれて「司令塔」などとまっぴらごめんだった。

どっちが「塔」だかわからないほど背丈が違うのだ。

完「それに、3年から部活に入ってもすぐ引退するしね」

一「短い花を咲かせよう、若人よ!」

完「やだよ………」

一の芝居がかった台詞に、完は苦笑で応じた。

一「了は学校どうだったの?」

了「アフタースクール☆セクハラタイムでした」

コンソメスープを飲んでいた和が派手にむせた。

一「ちょっと了wwwお母さん大丈夫?www」

和「げっほげほげほwwwwwwうっほぶほっwwww」

完「お母さんwwwwww」

了「お母さんごめんwwww悪気はなかったんだwwww」

和はしばらく派手にむせていたが、やがて落ち着いて

和「アフタースクール☆セクハラタイム…www」

と復唱し、口元を押さえたまま食事が続行できなくなっていた。

一「あーあもう…了が食事中に面白いこと言うからお母さんがツボにはまっちゃったじゃない」

完「何が『アフタースクール☆セクハラタイム』だよ、もう…w」

了「だって他になんて言えばいいのさ…ww」

一「1年生の時にセクハラしてた子たちと、また同じクラス?」

了「ううん、あいつらとはみんなバラバラになったんだけど…」

完「『後継者』が現れたんだ…」

一「後継者wwwいやぁやっぱりそんなもんだよね~あっはっはww」

了「あっはっはじゃないよ…(;´Д`)」

助けに来た兄が居眠りしていたコトは伏せた兄弟だった。

家族が食事のおよそ4分の3くらいを平らげたあたりで

一が改まって咳払いをした。

一「重大発表の時間です」

和「お母さんはもう知ってるけど」

了「なにそれずるい」

完「お父さん…重大発表って、何?」

兄弟が箸を止めて、父の一を注視する。

一「お父さん、2ヶ月くらいアメリカに行ってきます☆」

一は笑顔で右手をひらひらと振った。

了「えー!?オレも行きたい!」

一「だーめ。学校あるでしょ?」

完「…ごちそうさま…」

和「あら、完、どうしたの?」

完が夕食を中途半端に残したまま、箸を置いてしまった。

完「ごめんなさい、もうお腹いっぱいだから…」

そう言って食卓から離れ、階段を登り、ドアの閉まる音。

それは完が独り、自室に戻ったことを意味していた。

和「完の好きな鮭のマリネにしてみたんだけど…駄目だったみたいね」

一「うーん…」

了「オレ呼んでくる。兄さんが鮭のマリネ残すはずない」

一「いいや、そっとしておきなさい。それより了、お父さんの話聞いて」

了「………」

制した一に、了は素直に従った。

一「お父さんが精神科のお医者さんなのは知ってるよね?」

了「うん」

一「アメリカに研究チームがあってね。お父さん、チームの日本代表メンバーに選ばれたんだ」

了「そうなんだ?!すごいなあ…想像もつかないや…」

一「別に棄権しても良かったんだけど、せっかくだからね。行ってこようと思って」

了「でも、2ヶ月も……大丈夫?お父さん英語しゃべれるの?」

一「しゃべれるよ。Fuck you!!」

了「だめじゃんそれだけじゃwwww」

一「大学に提出する論文だって、英語で書かされたりするんだから」

了「うわあ…なんで?読むのは日本人なのに??」

一「日本ならそうだけど、やっぱり英語は使われてる国が多いからね」

和「お父さんの英語なんて聴いたことないわ」

一「そう?じゃあ今から寝るまでずっと英語でtalk?Do you love me,my honey ?」」

和「…日本語でいいです…」

了「お母さん、今のくらいオレでもわかるよ…」

和「今の、日本語で言ってくれないの?」

一「こらこら、了の前でww」

了「お父さんがアメリカ人か日本人かわからなくなったwwww」

そんな会話をする頃には、完以外の食器は空になっていた。

一・了「ごちそうさまでした☆」

二人で台所に食器を持って行く。

完の食器だけが、テーブルに残された。

和「完……」

鮭のマリネも、コンソメスープも、白米も、茶も。

すべてが25%ほど残っている完の食卓。

了「お母さん、捨てないでここに置いといてよ。ラップかけてさ」

和「食べてくれるかしら…お腹いっぱいだって言ってたわ」

了「食べるよ多分。オレちょっと兄さんの様子見てくるから」

一「頼んだよ。お父さんはお風呂に入ってくるからね」

【中畑家 2階 完の自室】

ノックの音。

ベッドの上で布団にくるまってうずくまっていた完は、眠ってはいなかった。

完「誰…?」

了「オレ。入ってもいい?」

完「…うん…」

了が部屋に入って来ても完はベッドから出ずに、頭から布団をかぶっていた。

了「兄さん…ごはん食べよう?」

完「いらない…食べたいけど…もう、いい…」

完の言葉は矛盾していた。

了「兄さん、お父さんは…」

完「お父さんの話しないで」

完を包んだ布団が動いた。

完は布団の中でより小さくうずくまったようだった。

了「…お風呂に入ったよ」

完「…………そう」

了「だから、今のうちに食べよう」

完「……………」

完は、布団から顔だけを出した。

今にも泣き出しそうな顔で、それでも弟の目をとらえていた。

完「ごめんね…」

了「それはお母さんに言って」

完「了、怒ってるの…?」

了「ほんのちょっとだけ」

完「…………」

了「今すぐちゃんとお母さんが作ってくれたごはん残さず食べてくれたら許してあげる。…オレが言う立場じゃないけど」

完「わかったよ……」

完は布団から出て、了の待つドアへと向かう。

了は完の手をひいて、階段を降りていった。

【中畑家 1階 ダイニング】

和「あら」

完「お母さん…さっきはごめんね」

完はさきほどのままの状態でラップがかけられた食事に向かい、椅子に腰掛けた。

了は食事を済ませていたが、その隣に腰掛ける。

完「ちょっとびっくりして…喉を通らなくなっちゃって」

和「今はもう大丈夫なの?」

完「うん。いただきます」

完は食器にかかったラップをはずし、食事を再開した。

料理もスープも白米も、冷めきっていた。

それでも、十分に美味しかった。

温かいうちに食べていたら、もっと美味しかったはずだ。

そんなことを考えながら、完は夕食を完食した。

その間、了は和が入れた緑茶を飲んでいた。

完「ごちそうさまでした」

和「きれいに食べてくれて助かるわ」

了「好きだもんね、鮭のマリネ」

完「うん」

一「お風呂でーたでった、お風呂ーでたー☆」

一がのんきな節を奏でながら、洗面所から出てくる。

一「完、お風呂入っておいで」

完「うん」

何一つ日常と変わりないやりとり。

違うのは、ひとりぶんだけテーブルに残された空の食器。

完は風呂上がりの一とすれ違い、着替えを取りに自室に向かう。

一の顔を見ないように。

完がそうしたのを、一は見逃さなかった。

一「…ごはんは、ちゃんと食べたんだね」

了「うん」

それはもちろん了ではなく、先ほど席を離れた完のことだ。

一「お父さんのこと、何か言ってた?」

了「…お父さんの話しないでって」

一「…嫌われちゃったかな?」

和「逆よ、お父さん。あの子はお父さんが大好きなんだから」

小さい頃から。

完は「お父さんが大好き」だった。

和「大好きなお父さんに2ヶ月も会えないなんて知ったら、気もふさぐわよ」

了「お母さんは大丈夫なの?」

和「お母さんだって寂しいわよ。だけど、了も完もいるもの」

一「ねえ、了は寂しがってくれないの?」

了「寂しいっていうか、うらやましい」

一「遊びに行くわけじゃないんだからね?w」

了「わかってるけど…おみやげ買ってきてね?あと、金髪で青い目の人の写真とか撮ってきてね?あとは…」

一「了wwwねえ、ちょっとは寂しがってよwww」

了「おとーさぁーん、あえなくなるのさびしーよー」

和「あらあら見事な棒読みだことwww」

了はどちらかというと自分のことよりも、

一が長期間不在になることで完の精神状態が悪化することが心配だった。

だがそれは両親には言わない。

特に、これから研究のために渡米しようとしている一にそんなことを言うつもりはなかった。

一「了」

了「なに?」

一「完のこと、頼んだよ」

一はそんな了の心を読んだかのように、

優しい眼差しで了をまっすぐに見つめて、言った。

了「………うん」

最愛の父に会えなくなる兄の2ヶ月を弟に託し、

一「じゃ、おやすみ」

一は寝室ではなく書斎へと向かった。

【中畑家 2階 了の自室】

ノックの音。

返事も聞かずに開くドア。

了「兄さん?」

完の風呂上がりを待ちつつベッドで漫画を読んでいた了が

起き上がり、ドアのほうを向いた。

完「…………………………お風呂出たから………」

完は、何かに迷っているようだった。

迷った末に、事実だけを告げたように見えた。

了「…ねえ、兄さんの部屋に遊びに行ってもいい?」

完「え……」

了「いいでしょ」

了は完の返事も聞かずにドアと完の間をすり抜け、

勝手に完の自室に入り込む。

呆然としている完の耳に、

了「おにーいさーんこーちらー」

冒頭以外は聞き覚えのある囃子文句が聞こえてきた。

【中畑家 2階 完の自室】

完(鬼さんじゃなくて、「お兄さん」か…)

「鬼」でいいのに。

そう思いながら自室に入れば、実の弟がベッドに横たわり、手招きしている。

完「了………」

了「ぎゅー!」

身を寄せた完を、了が抱きしめた。

屈託のない包容は、冷えていた完の心の温度を上げる。

了「…お父さんがいなくても、オレがいるから」

完「!………」

恥ずかしい。

それは本来、兄が弟に言う台詞だろうと思った。

父の不在に寂しがる「兄」を気遣う「弟」

あまりにも情けない図式だった。

完「僕だって……」

了「あ…っ」

完「お父さんがたった2ヶ月いないくらいで…」

了「んっ…にい、さ……あっ…ふ…!」

完「べっ、別に…別になんてことないんだから…」

了「はあっ…!あ…っんん…うっ…!」

強がりを言いながら、完は了に快感を強いていた。

完(虐待だ、こんなの…)

自己嫌悪と子供じみた欲求に挟まれた完の心は

自分で突き刺した何本もの釘で傷つき、血を流していた。

それが涙に変わるのに、大した時間はかからなかった。

完「う……うっ………」

了「あ…ふっ…、にいさん……?」

完「ごめんね…ごめんね……」

完の心は、了が自分の望む状態になる前に折れてしまった。

そこにいたのは「鬼」ではなく、「兄」だった。

完「本当は嫌なんだ…アメリカになんか行ってほしくない…2ヶ月も…会えないなんて嫌だ…」

完の涙は了のパジャマを濡らした。

了「……オレがいるから」

了は自分の服が濡れるのも構わずに、完を抱きしめた。

了「オレがいるから。だから、泣かないで」

完「うっ………ぐすっ………」

了「泣いてもいいけど、いつか泣きやんで」

完「うっ……うっ………、…うん……」

いつしか。

泣きやんだ完は、そのまま眠っていた。

それまで黙って完を抱きしめていた了は、風呂に入るためにそっとベッドを抜け出す。

完の寝顔は安らかだった。

了(…オレ、忍者になれるかも)

場違いなことを考えながら、風呂に向かう了だった。