某医療機関での日常

現代医科学恋愛ファンタジーというわけのわからないジャンルの創作文置き場。 小説というカタチを成していないので読むのにいろいろと不親切。たまにR18。 初めての方は「世界観・登場人物紹介」カテゴリを一読の上でお読みください。

【R16.5】高校兄弟 1

※男が喘ぐシーンがあります。ご注意ください。

【某県立中央男子高 3階 1-C 教室】

了「お前らマジでやめろ!!」

放課後。

1年C組の中畑了は、クラスメイト3人に取り囲まれていた。

A「いいじゃん、別に減るもんじゃなし」

B「恵まれないオレたちにオカズをくれよぉ」

C「声だけ、声だけ」

3人が目当てにしているのは、了の「声」である。

と言っても、さきほど叫んだような普通の声ではない。

了「だから、オレの体力が減るからやめろホントに!!寄ンじゃねえよホモ!!」

3人「ホモじゃねえよ」

了「キレイにハモったからってセクハラは許されません!」

A「やれ」

BC(了を左右から羽交い絞め)

了「イジメだ!これはれっきとしたイジメだ!!!」

了は毎回同じことを主張するが、

彼がこういった扱いを受けるのは日常茶飯事だ。

3人は普段は気心の知れた了の良き友人なのだが、

時々変貌しては、こうして了に襲い掛かる。

A「いいじゃん…オレたちの仲だろ?」

Aが了の学ランのボタンを上からひとずつつ外していく。

了はこれから始まる狂気の時間に戦慄していた。

何度されても、慣れることはなかった。

了「お前ら絶対訴えてやる…!」

自由の利かない体で、怨みの言葉を吐く了。

B「おーおー、何で訴えるんだ?ww」

C「猥褻物陳列罪か?www」

了「ヒトを勝手に猥褻物扱いすんじゃねえよ!!」

A「そうだよなあ?別に局部露出するわけじゃないんだし?ww」

そんな会話をしているうちに、了の制服のボタンは全て外されてしまった。

Aは、カッターシャツのボタンに手をかけ始める。

了「ちょっ…待て!何する気だ!!」

A「セクハラ」

了「シャツの上からで十分だろ!?」

B「今日はちょっと刺激的にやっちゃいますかww」

C「放課後☆秘密の楽園」

了「どこが楽園なんだよ!!地獄だ!!お前らこの世の鬼だ!!」

A「まあまあ…そんなに怒鳴ってると体力消耗するだろ?」

了がいくら身をよじって抵抗したところで、

左右から二人がかりで羽交い絞めにされていては全くの無駄だった。

了のカッターシャツのボタンは、一番下…ベルトのすぐ上まで外された。

Aによってシャツがはだけられ…

A「おい、なんだよこの重装備は…」

Aが明らかに不満そうな声で言う。

了はカッターシャツの下に白いTシャツを着ていた。

了「え、重装備じゃねえよ、普通だろ?」

B「暑くねぇの?」

了「じゃあお前ら素肌に直接カッターシャツ?」

3人「おう」

相手は3人だが、四面楚歌である。

了「だってカッターシャツの肌触りが嫌なんだよ」

A「どうイヤなんだよ」

了「どうって………とにかく嫌なんだよ………」

了のその返答に、3人はニヤついてからかい始めた。

B「『ああん…vvこすれちゃうぅ…vv』かwww」

C「中畑超絶敏感だからなあwww」

A「歩く性感帯、素肌にカッターシャツはいやあんwww」

了「うるっせーよ!!つべこべ言ってないで放せよ!!」

A「そうだなあ、つべこべ言ってないで始めるか」

Aが了のカッターシャツとTシャツの間に手を滑り込ませ、

布越しに了の胸に触れる。

了「ふっ…ぁあっ……!」

了のクチから、3人が目当てにしていた『声』が漏れ出すと、

3人は示し合わせたように急に無口になった。

そして、互いに顔を見合わせたり、了の反応を見ながら、

セクハラ行為を続ける…

了「んっ…うっ……っく………うあ…ああっ…」

了は可能な限り体を硬直させ、必死で声を抑えていたが、

Aの手指は意地悪く了の性的快感をじわじわと煽り、追い詰めていく。

了「はあっ…あああッ…も…!…やめ……っ」

羞恥、屈辱、認めたくない快楽にもまれ、

了の思考回路は崩壊寸前だった。

Aはそんな了の体の特に敏感な箇所ばかりを執拗に責め立てる。

了「うっ!…ああっ…やッ…だ…もうっ…ああああっ…!!」

上半身しか刺激していないというのに了の声のトーンは急激に上がり、

もはや少年とも女性とも判別がつかない絶妙な音域になっていった。

了「ああっ…うっ…く…んンっ…うああっ…はあっ、あ、あっ、あアっ…!!」

了の声は、彼自身の聴覚をも侵し、激しく羞恥心を煽った。

もはや今の彼にできることはだたひとつ。

この強制快楽地獄から一刻も早く開放されることを祈るのみだった。

【某県立中央男子高 2階 2-A 教室】

完(……………………あれ?)

放課後。

静寂に包まれた教室の席で読書にふけっていた完は、

すでに室内から誰もいなくなってしばらく経っていることに気づいた。

完は本にしおりを挟み、ひとり、軽く首をかしげる

完(了はどうしたんだろう?)

特に学校に残る用事がない限り、兄弟は一緒に家路につく。

そのため、上の階にいる弟が降りてきて

この教室の前で落ち合うのが常なのだが、了は一向に姿を見せない。

完は父の書斎から借りた本を鞄に入れ、席を立った。

完(居残りでもさせられてるのかな…まさかね…)

完は鞄を持ち、3階の1-Cの教室へ向かった。

【某県立中央男子高 3階 1-C 教室】

了「うあっ…ああ…いっ…いい加減に…し…ひぅっ…!」

了にとっての強制快楽地獄は、まだ続いていた。

羽交い絞めにしているBとCが時折了の首筋や耳に息を吹きかける。

それだけでも了の体は敏感に反応してしまうというのに、

その上Aは先ほどよりも苛烈に了を責め立てていた。

了「ああっ!…あああ、あ、あっ、ああ…っ!!」

了の膝が折れる。

BC両名は左右から両腕で了の体重を支えた。

そうまでして、まだ続けようというのか。

了は半ば絶望にも似た感情を抱き始めていた。

1-Cの教室の引き戸は、前後ともに閉まっていた。

そこに訪れた完は、一応引き戸をノックしてみた。

返事はないが、窓からぼんやりと人影が見える。

完は引き戸を開けて、中を覗き込んだ。

完「……………………」

完はその光景に唖然とした。

了「あああっ…兄さ……、兄さん……!!」

視界に兄の姿をとらえた了は、助けを求めた。

一学年上の完は、遠慮なくつかつかと教室内に入り込み、言った。

完「…君達、あんまり僕の弟をいじめないでくれない?」

完がクチを開くまで、セクハラ行為に夢中で気づいていなかった3人は

慌てて了から離れた。

そのせいで、下半身に力が入らなくなっていた了は

その場にへたりこんで床に尻餅をついてしまった。

3人「お兄さん!いつも弟さんにお世話になっております!」

3人は完の前にきれいに整列し、敬礼でもしそうな勢いで言う。

完「どう世話になってるのか知らないけど…君たちホモなの?」

3人「違います!!」

完「はあ…3人でよってたかって1人をくすぐり倒すとか…」

3人「お世話になっております!!」

完「もういいよ。先に帰ったら?了はすぐには立てないだろうし」

3人「失礼します!!」

3人は完に礼をして、そそくさと教室を出て行った。

教室には、服装が乱れたままの了と、

呆れた表情で3人を見送る完が残された。

完「了、大丈夫?」

了「…どっちかっていうと、ダメ…」

了は肩で息をしている。額にもうっすらと汗をかいていた。

そんな了の体の周囲に、完は懐かしい香りを感じた。

完(……お父さんの、匂い………?)

幼い頃から父親に懐いていた完は、幼少期はよく父の腕に抱かれていた。

完は成長するにつれ、父を尊敬し、崇拝するようになっていった。

父より偉大な人間などいない。父こそ、至高の存在だった。

他人に言いはしないものの、それは完が生きる上での曲げられない価値観だ。

完も、もう高校生だ。父に抱きしめられなくなって久しい。

自分から求めれば、父はそうしてくれるだろう。

だが、いいトシをして父に甘えるのは恥ずかしいという気持ちもあった。

そんな父の香りが、弟の体から発せられている…

了「…兄さん……?」

完は、はっと弟の顔を見た。

潤んだ瞳、まだ熱の引かない上気した頬、乱れたままの服装。

完は静かに、了のカッターシャツのボタンを留め始めた。

了「ん…………」

了は、『自分でやる』と言いたかったが、

今の状態では有言不実行になってしまいそうだったので

完の親切に甘えることにした。

完の仕草は理性的で、むやみやたらに了の触覚を刺激することはない。

母親が子供に服を着せるように、了の服装を整えていく。

完が了の制服のボタンを留め終わる頃には、了の呼吸も落ち着いていた。

了「ありがと…」

完「立てる…?」

了「うん…多分」

完が了の両手を掴んで引き起こすと、

了は若干おぼつかない足取りで自分の机に鞄を取りに行った。

さきほどまで全身で抵抗していた了の体は疲労していた。

完「歩いて帰れる?お母さんに迎えに来てもらおうか…?」

了「熱が出たんじゃあるまいし、大げさにしないでよ兄さん」

了が苦笑する。

苦笑いとはいえ、了の笑顔を見たことで完は安心した。

兄弟は、並んで家路についた。

【某県郊外 住宅街】

中畑兄弟は、二人並んで歩いていた。

この時間の住宅街、車の通りは少ない。

兄弟は、学校の規則ではぎりぎりで

自転車通学の認められる距離に住んでいたが、

父の「ぎりぎりなら徒歩で行きなさい」という指示に従い、徒歩通学していた。

約2km、坂道もなく平坦な道のりを、二人並んで歩く。

兄弟は、顔が似ていない。

知らない人が見たら、他人に見えるだろう。

兄の完は父譲りの切れ長なつり目、少し柔らかめの髪。

弟の了は母譲りの童顔、少し硬めの髪。

背は了のほうが少し高く、体格も了のほうがしっかりしていた。

というより、完が男にしては少しばかり華奢だと言うべきか。

了「兄さんが来てくれて助かった…」

ため息交じりに了が言う。

完「ごめんね。てっきり了が来るものだと思って、いつも通りに本読んでたよ」

了「兄さんのことだから、夢中になってたんでしょ」

完「うん…気がついたら教室に誰もいなくて、あれ?了は?って思って」

了「今度は何の本読んでんの?」

完「ねずみが主人公の童話」

了「童話?兄さんが?」

完「全部英語だけどね」

了「恐れ入りました。つーかお父さんなんでそんな本持ってるんだろ」

完「さあね…僕も『これ何だろ?』って思って借りたから」

書斎にねずみが主人公の童話を蔵書している中畑兄弟の父は、

精神科医として隣町の病院で勤務している。

通勤は自家用車なので、酒に酔って帰ってくることは滅多にない。

たまの飲み会と、忘新年会ぐらいかといったところだった。

完「今日は…お父さん、何時ごろに帰ってくるのかな」

何気ない言葉に聞こえるが、完にとって一の帰宅時間は重要である。

了「今日は講演とか飲み会とかないだろうし、いつも通りじゃない?」

完「手のかかる患者さんがいなければいいんだけどね…」

了「そればっかりはなあ…いきなり入院してくる人とかいるみたいだし」

完「どうしてそこまで悪化する前に通院しないのかな」

了「うーん…自覚症状がなかったとか、急に壊れたとか…?」

完「大体カウンセリング程度でお父さんの手を煩わせないでほしいよ」

了「兄さん、患者さんに対してそのセリフはマズいよw」

完「だって、『カウンセラー』ってのがちゃんといるんだからその人にやらせればいいでしょ」

了「精神科医兼カウンセラーなんじゃ?」

完「うーん…どうしてもお父さんじゃなきゃ嫌だっていう人がいるのかもしれないけど…」

了「お父さんじゃなきゃやだって、なんか…女の人だったら一歩間違ったら…」

完「不潔なこと言わないでくれる?お父さんはお母さん一筋だよ」

了「まあ、お父さん自身はそうなんだろうけど」

了(兄さんは時々、潔癖症だな…)

会話が途切れる。

兄弟で登下校していて、お互いが無言になっても気まずいことはない。

むしろ、片方が考え事をしているのを察知すると、もう片方は黙る。

一緒に育っただけあって、顔色を伺うのはお手の物だ。

完「でも…そうなっちゃったら…」

了「なにが?」

了はぼんやり歩いていたため、会話の内容を忘れかけていた。

完「もし患者さんに言い寄られたら、お父さんどうやってかわすんだろう?」

了「つーか、あるんかな…?そんなこと…」

完「精神状態が不安定な人なら、親身に話を聞いてくれる人に度が過ぎた好意を持ってもおかしくはないんじゃないかな…」

了「………なんか、怖いな…精神科って……」

完「そう……だね…………」

そんな会話をしているうちに、二人は無事に帰宅した。

【中畑家 1階 リビング】

完・了「ただいまー」

兄弟ふたり、きれいなユニゾンで母に帰宅の挨拶をする。

そんな二人を迎えるのは、中畑 和(なごみ)。専業主婦。

和「おかえりー 今日はちょっと遅かったんじゃないの?」

了「放課後☆セクハラ教室でした」

和「あらあら 大変ねぇw」

完「お母さん、もうちょっと真面目に取り合ってよ。了ひとり相手に3人がかりだったんだよ?」

和「お父さんも高校時代は大変だったって言ってたわよ」

了の性的感度が非常に高い体質は、父からの遺伝である。

完には遺伝していない。

了「オレもう疲れたから着替える」

完「僕も着替えてくるよ。別に了ほど疲れてないけど」

兄弟はそれぞれに自室を持っている。

部屋に戻って部屋着兼パジャマに着替えると、リビングに戻ってきた。

ソファの指定席に腰掛けると、キッチンの和に向かって

了「おやつー」

和「甘いの?しょっぱいの?」

了「んー…」

完「僕、甘いの」

和「はい、お饅頭」

了「じゃあおれしょっぱいの」

和「はい、海苔巻き煎餅」

完「お母さん、緑茶飲みたい」

和「入れてあげるわね」

了「梅こぶ茶飲みたい」

和「…あら、切らしてるわ」

了「えー…じゃあ、水でいいや…(´・ω・`)」

和「サイダーならあるわよ」

完「んぐっww」

了「お煎餅にサイダーってお母さんwww水でいいからwwww」

了も盛大にウケていたが、饅頭にクチをつけていた完も盛大にむせていた。

和「はいお茶とお水」

完「ありが…げっほげほげほっww」

了「ちょwww兄さんしっかりwww」

和「お母さんそんなおかしいこと言ったかしら」

完「うぐっwwwwげほっげほっwwwww」

了「お母さん自覚ないの!?ww兄さんが重症に陥るからやめてよww」

和「完、大丈夫?」

完「だ…大丈夫だよ…w」

完がそう言いながら、湯のみに手を伸ばす。

了は、完がまた吹き出さないかと気が気でなかった。

完は湯のみを一旦持ったが、クチをつけずにテーブルに戻した。

和「どうしたの?」

完「…さっきのお母さんのせいでお茶が飲めないww」

了「お煎餅にサイダーがツボに入ったか兄さんw」

完「了っ、言わないでっwww」

和「そんなにおかしいかしら、お煎餅にサイダーって」

完「ぶっwwwwwwwww」

了「だから言わないでやってってばwwwww」

完のおやつの時間は、和が元凶でかなり長引いた。

了は湯のみに手を伸ばしては引っ込める完を見ながら笑いをこらえていた。

【中畑家 2階 了の自室】

了(あちゃー、英和辞典学校に忘れてきた…)

了は、翌日の英語の予習をしようとして気づいた。

が、そんな時こそ頼りになるのが兄弟というものだ。

了は隣の完の部屋のドアをノックした。

完「はーいどうぞ」

了がドアを開けて顔を覗かせる。

了「兄さん、英和辞典貸してくれない?」

完「いいよ」

机に向かっていた完が、辞典を持ってきて了に手渡す。

了「ありがと、借りるね」

了は自室に戻って、辞典を開いてみた。

了(あれ…?)

単語も意味も、全て英語で書いてある。

了が首をかしげてすぐに、部屋のドアがノックされた。

了は辞典を持ってドアの前へ来る。

了「兄さんこれ…」

完「ごめん、それ英英辞典だった。英和はこっち」

了「英英辞典って何に使うの…」

完「趣味」

了「そうなんだ…これ借りるね」

完「間違えてごめんね」

了「ううん、英和辞典貸してくれてありがと」

確かに、ふたつの辞典は紛らわしい色形をしていた。

完が去ると、了は机に向かって軽くため息をつく。

了(…オレが2年になっても、英英辞典には手ぇ出さないだろうな…)

ひょっとすると、完は以前から英英辞典に慣れ親しんでいたかもしれない。

それも、趣味で。

そう考えると、了は軽い劣等感を覚えるのだった。

兄弟が通う某県立中央男子高は、県内で最も偏差値の高い進学校である。

完は中学3年時の進路指導で合格はほぼ間違いないだろうと言われていたが、

了はぎりぎり、ヘタをすると落ちるかもしれないから

無難なところで一段階偏差値の低いところを受験したほうが良いのではと

進路指導で一度言われて以来、必死で受験勉強をした結果の合格だった。

…が、進学してフタを開けたらそこは天才と変態の巣窟だった。

了のような努力家は少数派で、

放課後に了を襲って(?)いたのは変態サイドである。

このように高校の人間を分類すると、

了(兄さんはきっと、天才の部類かなあ…)

ということになる。

完の高校一年時の成績は常時ほぼ主席に近く、二年になっても変わらず。

了はというと、どんなに頑張っても中の上くらいだった。

とはいえ、10段階評価の通知表はほぼ全教科10に近い評価だったのだが、

それとは別に、テストの結果を記録していく『成績個人票』がある。

高校一年時の最初の中間テスト…兄弟の差は歴然としていた。

それは、了が兄の一年時の成績個人票を見せてもらった時にわかったことだ。

…頭を抱えていても仕方がない。

了は気持ちを切り替えて、予習に取りかかる。

さっきまでのように了が劣等感に浸っている間にも、

兄は隣の部屋で静かに、更なる高みを目指しているに違いないのだ。

【中畑家 2階 完の自室】

完「………………ぷっ」

完は、なかなか予習に集中できないでいた。

さきほどの『煎餅にサイダー』が、まだ彼の笑いのツボに残っていたのだ。

完(……今日はもうダメかも)

完は、苦笑しながら教科書とノートを閉じた。

完がする『予習』は、翌日の授業のためにするものではない。

そんなものはとっくの昔に終わっているのだ。

翌日どころか、もう今年度に履修する範囲の予習はほとんど済んでいる。

それも、全教科に渡って。

だから、今日一日さぼったくらいで翌日の授業に影響することはない。

完(あーあ…もう本当にお母さんは…)

完はベッドに寝転がると、ねずみが主人公の童話を読み始めた。

全て英語で書かれているが、英和辞典は必要ない。

童話程度の英語なら、辞書などなくとも読むことができる。

もし困ったら英英辞典に頼ればいい。

教室で読んでいた時点ですでに残り少なかったページを、

完は案の定あっという間に読破してしまった。

完(…夕ごはんまで何してようかな)

完は完全に暇を持て余してしまった。

童話は父が帰ってきた時に、手渡しで返すつもりでいた。

中畑家では、家族4人揃って夕食をとる。

父の帰りが遅いと事前に分かっている場合は例外だが。

シングルベッドに仰向けになって、その胸の上に本を置いたまま

ぼんやりと天井を眺めていたら、ふと、今日の出来事を思い出した。

完(……………………)

同級生に散々いじられた後の弟から発せられた、父の香り。

普段の弟からは、そんな匂いは全くしない。

一体何が引き金になるのか。答えは明白だった。

完(…触ればいいのかな?)

『兄が弟の体に触れる』

一見して何の問題もないと思われるこの一文だが、

中畑兄弟においては世間一般とは違う意味を成しかねない。

弟が、極端に性的感度の高い身体の持ち主だからだ。

兄弟間セクハラ…そんな背徳的な言葉が完の頭をよぎった。

完(僕もお父さんと同じ体質だったら…)

父との、感覚と体験の共有。

それができるのは、父から体質を受け継いだ了だけだ。

時々父と了が苦労話をしていると、完は置いていかれた気分になる。

そんな時、完は了に軽い嫉妬を覚えるのだった。

そして、そんな感情を抱く自分に自己嫌悪する。

変な意味ではなく、かわいい弟に嫉妬する兄。

完(僕って…兄としてどうなの…)

ベッドの上でそんな思案を巡らせる頃には、

『煎餅にサイダー』の後遺症はすっかり消え去っていたが、

心の中にはもやもやした気分が漂っていた。

【中畑家 1階 ダイニング】

一「ただいまぁー」

一家の主 中畑 一(はじめ)が帰宅を告げる。

和「おかえりー」

玄関のドアが開閉される音を聴きつけた兄弟が、揃って階段を下りてくる。

完「おかえりなさい、お父さん」

了「おかえりー」

完は父を柔らかい笑顔で迎え、了はごく普通に迎える。

完「お父さん、これありがとう。面白かったよ」

完が、童話の本を一に差し出す。

一「ちょっとイイ話だったでしょ?」

完「うん。夢があっていいね」

一は本を受け取ると、笑顔で完の頭にぽん、と軽く手を置いた。

完は満面の笑みを浮かべる。

微笑ましい光景だった。

一「お父さん着替えてくるよー」

兄弟「はーい」

一は自室…夫婦の寝室へ向かう。

和「お手伝いしてくれるひとー」

兄弟「はーい」

夕食はすでに仕上がっていた。

今日の夕食は家族全員の好物、ハンバーグだった。

母が盛り付け、兄弟が食器を運ぶ。

そうしている間に一が部屋着兼パジャマに着替えてやってきて、

家族の夕食が始まる。

中畑一家「いただきます」

4人揃って、まるで小学校の給食の前の挨拶のような調子で。

それが中畑一家の日常風景なのだ。

了「ハンバーグハンバーグ♪」

一「ハンバーグハンバーグ♪」

完「おいしいよ、お母さん」

和「あらほんと、おいしいわねー☆自分で作っておいてなんだけど」

一「これさ、大量に作って次の日のお弁当に入れてよ」

了「賛成!二日連続でもいい」

完「僕もいいと思うけど…それはお母さんが大変なんじゃない?」

和「そんなことないわよ、ハンバーグなんてこねて丸めて焼くだけだし」

一「お母さん。そのこねて丸めて焼くっていうのが大変なんだよ」

和「そうなの?慣れちゃったから別になんとも思わないわ」

中畑家のキッチンは、和の城である。

男連中は、ほとんど料理をしない。

しても、インスタントラーメンくらいのものである。

一「完、学校はどうだった?」

これは、家族で囲む食卓での日々定番の話題である。

完「数学の先生に回答を板書して褒められたよ。中畑の回答は見やすいって」

一「それはいいことだ。正解を書いても読めなきゃ意味がないからね」

和「完はそんなに字がキレイなのかしら」

完「ノートの字は自分が読めればいいけど、板書はさすがにできるだけ誰にでも読めるようにするよ」

了「兄さんの字はキレイだよ。ノートでも余裕で読める」

一「お母さんに似たのかな?お父さんは字が汚くてねえ」

和「お父さんが書いたカルテ、一回見てみたいわw」

了「『暗号』とか言われてるんでしょ?w」

完「違うよ、達筆すぎて読めないんだよw」

一「ふたりともブラックジョークがうまくなって、お父さんは嬉しいなあww了はどうだったの?学校」

了「放課後☆セクハラ教室でした」

一「あっはっはっはwww放課後☆セクハラ教室はいいなwww」

完「よくないよ…男が3人がかりでよってたかって…」

和「あらあらなんだか禁断の香りがするわww」

了「お母様、上半身しかどうこうされてません」

一「上半身だけでもキツいでしょwwwww」

了「マジでどうすればいいの…orz」

一「Let it be.」

一がいきなりキレイな発音で短い英語を発した。

それまで日本語で会話していたのにあまりにも突然だったので、

了は理解不能に陥った。

完「…『あるがままに』?」

一「ぴんぽーん」

完が和訳すると、一は陽気に拍手のフリをした。

了「あるがままにって…どゆこと?」

一「どうせ相手は自分達が満足するまでやめないんだから、好きなようにやらせておけばいいんだよ。無駄に抵抗するから余計に疲れるの」

一がさらりと とんでもないことを言い出す。

和「あらあら、お父さんはサービス精神旺盛だったのねw」

了「冗談じゃないよ!無抵抗でいたら何されるかわかったもんじゃない!」

一「でも下半身は無事なんでしょ?w」

了「それはそうなんだけど…そもそもセクハラすんなッつー話で」

一「年頃の男の子にそれは無理という物だよ」

了「オレだって年頃の男の子なんです!」

了に襲い掛かる変態組3名は、セクハラがどんなに長引こうと、

どんなに回数を重ねようと、了の下半身に触れることはない。

『そっちには絶対に手を出さないから』とあらかじめ言われてもいる。

奇妙な紳士協定だった。

完「…ごちそうさまでしたw」

完が苦笑を浮かべながら、食器を持って席を立つ。

自分の食器は自分でキッチンまで持ってゆくのが中畑家のルールだ。

了「あ、オレもごちそうさま」

一「ごちそうさま~♪」

和「次からは大量生産しようかしら、ハンバーグ」

一「是非」

了「是非」

完「できれば」

中畑家の夕食は、大抵こんな具合に和やかに幕を閉じるのだった。

【中畑家 1階 一の書斎】

机に向かって論文を書いていた一は、ノックされたドアに振り向いた。

一「はーい」

和がドアを開けて、顔をのぞかせる。

和「おふろわきましたよ」

中畑家での入浴の順番は、一、完、了、和の順である。

一見して封建的だが、これには全く別の理由がある。

一はもともと熱めの風呂が好きで、完も同じく。

了は一や完と同じ温度だとのぼせてしまう。

和は3人が風呂に入っている間に家事を片付け、

本などを持ち込んでぬるい風呂で長湯するのが趣味なのだ。

一「おふろはいるー…(*´ェ`*)」

言いながら、一は和を書斎の中へ引き寄せ、抱きしめた。

和「あらあら、どうなさったの?はじめさんv」

一「ちょっと疲れちゃったんだよね、今日」

そんなことだろうと、和も思っていた。

一は癒しを求めるように、抱き合ったまま妻とくちづけを交わす。

唇を触れるだけの浅い接吻を、何度か。

和「……お風呂さめちゃいますよv」

一「あ……っ」

和が悪戯っぽく一の首筋にそっと手を触れると、

一のクチから微熱をまとった声が漏れた。

一「お、おふろ!おふろいってきます!/////」

和「wwww」

一はあわてて和から離れると、浴室へ向かう。

和(かわいいはじめさんv)

和は書斎のドアを閉じると、家事に戻った。

【中畑家 2F 了の自室】

入浴を終えた完が、部屋のドアをノックした。

了「あーい」

了は、風呂の順番が来たと思い、ドアへ向かう。

が、その進路を完が阻んだ。

了「? どいて兄さん」

完「お風呂に入る前に、ちょっと……」

そう言うと、完は大きくドアを開けて了の部屋に入ってきた。

そして、了のシングルベッドに腰掛ける。

了が小首をかしげながらドアを閉めて、完に向き直った。

了「何?あ、そうだ英和辞典返すの忘れてた」

完「それはあとでいいから、了」

完が了の顔を見ながら、ベッドを片手でぽんぽんと軽く叩いた。

『隣にすわれ』という意味だろう。

了は完の隣、10cmほどの距離を置いてベッドに腰掛ける。

了「何?あらたまって」

完「………………」

完は、うつむいて口篭った。

半乾きの髪が、重力に従って垂れ下がる。

了(何か悩んでるのかな…兄さん)

了は完の隣で、彼のクチを開くのを待った。

しばらくして、床に視線を落としたままの完が言葉を発した。

完「お父さんのこと…知りたいんだ」

了「へ?」

理解できなかった。

了「う?オレじゃなくてお父さんに訊けばよくね?」

完「………………」

完は無言で、了の顔を正面から見つめた。

了はその顔を見て、言葉を失う。

驚くほどに真剣で神妙で、ほんの少しの切なさを含んだ眼差し。

了が絶句して固まっているうちに、

完はその表情を崩さないままで、そっと了の首筋に手を触れた。

了「ひゃめっ…兄さん!」

完「こういうこと、お父さんにしろって言うの?僕に…」

了「!………」

『お父さんのことを知りたい』

自分には遺伝しなかった父の体質を、弟を通して理解したい。

了の頭でも、理解はできた。が、どう返事をしていいものか…

思案していた了を、完がベッドに押し倒した。

了「ちょ……」

完は了の首筋に鼻を寄せ、大きく深呼吸した。

放課後の了から発せられていた父の香りは、消え去っていた。

それなら、と…完は了の首筋を舐め上げた。

了「あああっ…!!」

今まで感じたことのない強烈な快感が了を襲う。

学校での性的嫌がらせで、舌を使われたことはなかった。

初めて自分の首を舐めた相手が実の兄…

羞恥と背徳感と快感の余韻で、了の頭は混乱していた。

そんな了をよそに、完は舐め取った了の味に自分の唾液を絡ませ、

目を閉じて全神経を味覚に集中し、至極理性的な表情で味わっていた。

ほんの少しの甘みを含んだ塩味…

完(…お父さんの匂いがしない…これは単なる『汗』だ…)

ということは。

了はその膝が崩れるほどに喘がないと、父の香りを発しない。

完(…ということかな…?)

が、ためらわれた。

了の同級生がそうしていたのを止めた分際で、同じことを…

了「兄さん…もう、いい…?」

了が今ひとつ力の入らない両手を、

自分に覆いかぶさっている完の両肩に軽く押し当てた。

完「…ごめんね、了。まだわからないんだ」

完はさきほどまでと変わらない、ひどく理性的な表情をしたまま

了のパジャマのボタンに手をかけ、次々と外していく。

了「えっ……」

完の表情と行動が、了の中でイコールでつながらない。

内科医が患者に聴診器を当てるような神妙な顔つきで、

完はTシャツ越しに了の脇腹を撫でた。

了「うっ、…んんっ……!」

完「了、どんな感じ…?」

それは『診察』だった。

了のクラスの連中がするのとは全く別の意味を持った、

ある意味では神聖な接触

なのに、湧き上がる感覚は放課後のそれと変わらない。

了がどう答えたらよいのか逡巡している間に、

完の手は了の上半身をくまなく撫で回す。

首、肩、腕、鎖骨、胸、腹、腰……

了「あ…兄さんっ…ふっ…も…もう…やめ…て…」

完「痛い?」

痛いわけがなかった。

が、『気持ちいい』とも言えなかった。

了が明瞭な感想を言えないでいるうちに、

完の手指は了の反応が最も大きかった場所へと移動する。

了「っン…!!…あ、あうっ…兄さん…!」

布越しでもとらえられるほど硬くなった了の両胸の突起を

あろうことか完は両手指を使って両方同時に軽く摩擦した。

了「あああああっ……!!」

了の背筋が跳ねる。

その瞬間から少し遅れて、完が先ほどまでと違う空気を嗅ぎ取った。

完(お父さん………!)

完はその時点で行為を止めて、了の体を強く抱きしめた。

最初にしたように了の首筋に鼻を寄せ、嗅覚に神経を集中する。

懐かしい父の香りが、弟の了からあふれていた。

抱きしめた体温も、幼い頃にそうしてくれた父のそれと変わりなかった。

了「……?…兄さん……?」

完は、了を抱きしめたまま動かない。

時折、完の鼻呼吸が了の首筋をくすぐる。

了「んっ……ん…………、…………」

完が故意に了の首筋を刺激しているのではないことは、了にもわかっていた。

これは単なる呼吸。首筋という位置で行われているだけの。

そうとわかってしまうと、今度は別の感覚が沸き起こる。

了(………くすぐったいんだけどな………)

ベッドのシーツに爪をたてていた了の腕はすでに緊張から開放され、

やり場を失っていた。

完の背に腕を回し、手でぽんぽんと軽く叩く。

なぜそうしたのか自分でもよくわからなかったが、

そうするのが一番いいように思えた。

自分に抱きつく完の姿が、了の目になぜか幼く映ったのだ。

完「お…………、……………」

了「お?」

完は、『お父さん』と口走りかけて、慌ててクチをつぐんだ。

完「…おつかれさまでした」

そう言いながら、完は了から離れなかった。

了の体からは、まだ父の香りがしていた。

了「…お風呂入りたい」

完「あ……」

完が体を起こし、了から離れた。

完「ごめんね……」

完は目を伏せて恥ずかしそうに言った。

完がそんな顔をするので、了まで無駄に恥ずかしくなってしまった。

了「いっ…いいよ別に。オレお風呂入ってくるから」

完「あっ、あの」

了「なっ、なに?」

兄弟そろってどぎまぎしていた。

完「…また……その…つ…、付き合ってくれる……?」

了は赤面爆発した。

了「あっあの、兄さん、ホモじゃないよね!?違うよね!?」

完「ちっ違っ…ぼっ、僕はただ…!!」

『お父さんの匂いに包まれたいだけで』

そう言ってしまえばよかったのかもしれない。

でも、言えなかった。言えるはずもなかった。

こんなトシになって、弟の体を使ってまで父に甘えたいなんて。

了「えーと……………」

頬をぽりぽりと掻きながら。

了はベッドから降りて、風呂に入るために部屋のドアへと向かった。

ドアを開けて、廊下へと出てゆく。そこから顔をのぞかせて、言った。

了「度が過ぎなければ、いいよ」

完「えっ」

恥ずかしさでうつむいていた完が顔を跳ね上げた時には、

すでに部屋のドアは閉まり、了の姿は消えていた。

完は了のベッドに寝転がり、わずかに残る父の香りに身を任せた。

風呂上りの了は、自分のベッドでとても安らかに眠る完の寝顔を見て、

仕方なく完の部屋で眠ることにしたのだった。

中畑兄弟の翌朝は、完の平謝りから始まることになる。