某医療機関での日常

現代医科学恋愛ファンタジーというわけのわからないジャンルの創作文置き場。 小説というカタチを成していないので読むのにいろいろと不親切。たまにR18。 初めての方は「世界観・登場人物紹介」カテゴリを一読の上でお読みください。

高校兄弟 2

【某県立中央男子高 3階 1-C 教室】

了「お前らなー……」

放課後、教室の隅。

中畑了は、またしてもクラスメイト3人に追い詰められていた。

了「いい加減飽きろ!」

A「やだ」

B「ダメ」

C「だが断る

その時、教室のドアが開いて

完「了、帰ろう」

と言いながら中畑完が入ってきた。

了「あっ、あれっ、兄さん…?」

完「ほら、鞄」

ABCの3名は、あっけに取られている。

了「あ、うん…」

了は完から鞄を受け取ると、兄について教室を出て行く。

了「じゃ、じゃあ…」

A「お、おう…」

B「また明日…」

C「じゃあね…」

【某県郊外 住宅街】

了「兄さん、どうして上まで迎えにきてくれたの?」

完「早く帰りたかっただけだよ」

了のいる1-Cの教室は3階、完のいる2-Aの教室は2階にある。

そのため、帰りは了が降りてきて完と落ち合って帰るのが常だった。

了が降りてくるまで、完は読書をしていることが多いのだが

今日はそれを省いてまっすぐ了のいる教室に来たようだった。

了「まあ、兄さんが来てくれて助かったけどさ…」

完「え?」

了「またセクハラされかかってたから…」

完「また?もう…本当どうしようもない人達だね」

『どうしようもない人達』。そう言ってから完は思った。

完(…僕だって、その一部じゃないか)

うつむいた視線の先のアスファルトの灰色が、

自分の心の色を映しているようだった。

了「お父さん、今日泊まりだってね」

完「Z県くんだりに何の用があるんだか」

了「だから、『Z県くんだり』とか言っちゃマズいから…」

完「そんなにお父さんの話が聞きたきゃ、向こうが来ればいいよ」

完は一の帰りが遅くなるのを極端に嫌がる。

一と夕食が取れないことは、完にとってかなりの精神的苦痛らしい。

普段は品行方正で大人しい完だが、一の帰りが遅いとなると

一変してボキャブラリーが自重しなくなる。

了(今日…兄さんは……部屋に来たりするかな…?)

了は、完の不機嫌そうな横顔を見ながら思った。

以前、入浴後の完が了の部屋に来て、

「父のことを知りたい」と言い、了の体に触れたことがあった。

その後も何度か、奇妙な接触を繰り返していた。

その行為に、了はある法則性を見出していた。

一の帰りが遅い。もしくは帰ってこない。

とにかく、一とともに夕食を取れない日は必ず

入浴後に完が了の部屋を訪れる。

そして了に触れて抱きしめて眠ってしまう。

了はその後、仕方が無いので完の部屋で眠ることになるのだ。

了「そういえばさ」

完「なに?」

了「兄さんの枕がいい匂いなんだけど、なんで?」

完「脈絡なさすぎない?」

了「ないけど…なんで?」

完「さあ?シャンプーかリンスの匂いじゃないの?」

了「リンス!?」

完「えっ、え?なに?リンスがどうかしたの?」

了「えっ、兄さんリンス使うの!?」

完「え、だってシャンプーとセットで使うものなんでしょ?」

了「オレ使わないんだけど…」

完「そうなの?裏に書いてあるよ、リンスとセットで使えって」

了「書いてあるだろうけど、使ってないよ…」

完「そうなの?」

了「男でリンス使ってるの初めて聞いたよ…」

完「えっ、使わない人のほうが多いの…?」

了「いや、使ってまずいってことはないんだろうけどさ」

そんなどうでもいい話をしながら、二人は並んで家に帰るのだった。

【中畑家 2階 了の自室】

父のいない、どことなく気分的に物足りない夕食を終えた了は

完が風呂から上がってくるのを待っていたが、

とあるイタズラを思いついた。

了(兄さんの部屋で待ち伏せしてやろうかな)

了は自室を出て、隣の兄の部屋に忍び込んだ。

【中畑家 2階 完の自室】

了(………………え?)

机の上にあったのは、3年次に習うはずの数学の教科書。

他の教科も3年次に使うはずのものばかりだ。

了(あれ……兄さんまだ2年だよね…?)

教科書の裏表紙をめくってみる。

『3-A 小野 祐輔』

了(………誰?)

とりあえず、完本人のモノではなさそうだった。

借り物だろうか。

そんなことをしていたら、完が階段を上る音が聞こえてきた。

了は椅子に座り、息を潜めた。

隣の自室のドアをノックする音が聞こえる。

完「了?…いないの?」

了の自室のドアが開閉される音に続いて、

足音がそのまま完の自室を通り過ぎて階段を下りていく。

了は少しだけドアを開けて、耳をそばだてていた。

完「お母さん、了知らない?」

和「部屋にいないの?降りて来てないわよ」

完「え?じゃあどこに行ったんだろう…?」

書斎のドアに続いて、玄関のドアまで開閉される音。

完「靴はあるし…んん~?」

完が再び階段を上ってくるのを聞きつけると、

了はそっとドアを閉じて、また椅子に座りなおした。

そのドアが完によって開かれた。

了「やっほ☆」

完「うわあああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」

和がものすごい速さで階段を駆け上ってきた。

和「どうしたの!?お化けでたの!?ゴキブリ出たの!?」

完「いや、あの、あわ、あわわ…」

了「兄さん驚きすぎだからwwwwwww」

和「もー、了ったら駄目でしょ?勝手に完の部屋に入って…」

完「ああびっくりした…ドッペルゲンガーかと思った…」

了「似てないからwwww」

和「それで、どうしたの?ゴキブリいたの!?」

了「いないからwwwww」

完「了が僕の部屋にいたからびっくりして…」

和「何よもう…ものすごい大声出すからゴキブリかと思ったじゃないの」

了「お母さんオレのことゴキブリ扱いしないでwww」

和は『本当にゴキブリじゃないのね?』と念を押して去っていった。

了が椅子から立ち上がると同時に、

完は部屋に入って後ろ手にドアを閉めた。

了「…………えっと、あれ?」

完「……………………………」

了「おふ…ろ……」

完「………………」

完がドアの前から動かない。

了を見つめたまま、不安と困惑が入り混じった顔をしている。

了(…あ、そっか…)

了は完のシングルベッドに腰掛けると、空いた隣を軽く叩いて呼び寄せる。

完はそれを見ると、安堵して了の隣に腰掛けた。

そして、

完「どうしてここにいたの…?」

と、当然の疑問をクチにした。

了「えっと……かくれんぼ」

了はといえば、当たり障りのない言葉を返した。

了の横でうつむいた完の乾いた髪が、嗅いだことのある香りを放った。

了(…うちのリンスの匂いって、こうなのか)

それは完の枕についていた匂いだった。

完「どうして今日に限って、『かくれんぼ』…?」

垂れ下がった髪で、完の表情は見えない。

その声は傷ついて泣きそうになっているように聞こえた。

了が返答に困っていると、

完「じゃあ僕は、『鬼』……?」

と、続けた完の声は消え入りそうだった。

了(空気がまずいぞこれは)

そう思った了は、突然ベッドに寝転がると手招きしてはやし立てた。

了「おーにさーんこーちらー☆てーのなーるほーうへー♪」

完「…………了…」

完は苦笑しながら、寝そべって了を抱きしめた。

完「つかまえた…」

了「んっ……」

完「逃げておけばよかったのにね…?」

逃げる気はなかった。

逃がす気もなかった。

今日に限って鬼の住処に自ら入り込んだのだから。

了の呼吸がすっかり落ち着いた頃には、完は静かな寝息をたてていた。

了がそっとベッドから抜け出そうとすると、

完はその身に弱くしがみついた。

了(兄さん、まだ起きてるのかな…?)

了は腕に抱いた兄の背を優しく撫でた。

安らかな完の寝顔の口元が小さく動いた。

『お父さん』

耳元で言われなければ聞こえないほどの、かすかな響きで。

今日は家に戻らない一を呼んだ完が眠るまではと、

了は隣についていた。

お父さんが帰らない日は、かくれんぼして遊ぼう。

かくれたのは、弟?

それとも、お父さん?