某医療機関での日常

現代医科学恋愛ファンタジーというわけのわからないジャンルの創作文置き場。 小説というカタチを成していないので読むのにいろいろと不親切。たまにR18。 初めての方は「世界観・登場人物紹介」カテゴリを一読の上でお読みください。

紺野 雪の実情

紺野 雪は、大病院の令嬢である。

小さい頃から主に父親から英才教育を受け、

医師になるための道を歩かされてきた。

父は厳格で、母は貞淑で、娘は美しく。

雪は、非の打ち所のない「お嬢様」だった。

高嶺の花。

誰からもそう呼ばれるにふさわしかった雪は、

ことのほか男女交際に恵まれなかった。

溶けない雪は高すぎて、誰の手にも届かない。

雪のいる山頂に挑むなど、思春期の男子には無謀だった。

ふもとから見ているだけで幸せだった。

だが、雪本人は不幸だった。

同性からは嫉妬を受け、異性からは遠巻きにされ

その理由が自分にあることが自覚できない。

そして、誰も指摘してはくれない。

父親は言った。

「くだらない人間を相手にせず、自分を磨きなさい」

唯一信頼できる人間の助言は、雪を更に孤立させた。

雪は努力によってより美しく輝き、

その眩しさから人は遠のいた。

雪は、知的好奇心が旺盛だった。

独りで学ぶことに苦などなかった。

思春期。

雪も例外なく性に目覚め、相手を欲するようになった。

だが、誰もいなかった。

雪は時折自分を妄想の海へ投げ込み、

欲の波に溺れた。

家族が寝静まった夜、自慰行為にふける。

どこをどうすれば快楽を得られるのか、

すでに予習済だった雪が自らを絶頂に導くのは

そう難しいことではなかった。

彼女の自慰行為はすっかり日課になってしまった。

高校に入っても、医大に入っても、

雪の扱われ方はそうそう変わらなかった。

彼女は自宅から大学に通っていた。

父親に言われるままの進路。門限。

だが、事情が変わってしまった。

雪以外の「跡継ぎ」が現れたのだ。

雪の従兄弟。

父の弟の次男で、同じ医大生だという。

今更何を言うのだ、と食ってかかることもできない。

紺野家の父は紺野家の「王」。

王政に敷かれた「王女」は「姫」に成り下がった。

だが。

雪がそこに見だしたのは、絶望ではなく希望だった。

今日から自分は「普通の女の子」だ。

大病院の令嬢でも跡継ぎでもない、単なる医大生。

もちろん女子の医大生は少なかったが、

雪は敷かれたレールから喜んで脱した。

とはいえ、医大を退学したわけではない。

きちんと卒業し、医師免許を取得した。

そこには、ある目的があったからだ。

医療機関礼英 機関長室)

今から何年か前。

ここでは、紺野 雪の面接が行われていた。

龍崎「ねえ、何か企んでるんじゃないの?」

雪「えっ」

医師でなく、最終医研の看護士枠に応募した雪は

突然投げかけられた質問に動揺した。

革張りの椅子に腰掛け、机に頬杖をつき、

龍崎はパイプ椅子に腰掛けた雪を

上から下までくまなく見つめた。

今までそのような視線を向けられたことは何度もあったが

龍崎は他の男と違った。

外から見ただけで、心まで見透かすような視線。

だが、雪はそれを望んだ。

自ら見透かされるのを欲した。

雪(私は…恋を…したいんです…)

まるで神にでも祈るように、雪は龍崎を見つめ返した。

龍崎「あっはっはっは」

龍崎は陽気に笑った。

龍崎「スパイじゃなさそうだね」

雪「え?」

龍崎「たまにいるんだよ。ドコが雇ってるか知らないけど、面接に紛れ込んでくるの」

雪「私はそんな…」

龍崎「そんなことないよねー☆」

龍崎は椅子から立ち上がり、ゆっくりと

雪の座席へ歩み寄った。

そして、

雪「ひゃっ…!!」

雪の長い黒髪に指を通し、そのまま首筋をなぞりあげた。

龍崎「訓練されたスパイがそんな反応…するわけないもんね」

雪「…………っ」

雪は、顔から火が出るかと思った。

雪(初めて…男の人に触られちゃった…)

雪の体に甘い熱を残したまま。

自分の席に戻った龍崎は

龍崎「採用ね。ただし」

やたらと楽しそうな笑顔で

龍崎「どうなっても、知らないよ?」

と、言い放った。

雪は、医療機関礼英・最終医科学研究所に就職した。

龍崎の言葉の意味を、雪はすぐに思い知ることになる。

「紺野さん、美味しいお店知ってるんだけど…」

「紺野さんって、休みの日は何してるの?」

「紺野さん、今…付き合ってる人とか、いる?」

次から次へと医師が言い寄って来る。

仕事をしている暇がないのだ。

最終の看護士はそれなりに忙しい。

患者は高度な治療を受けた直後の者ばかりだ。

彼らの看護をしながら医師たちの求愛をやり過ごすのは

容易なことではなかった。

雪にも、好みというものがあったのである。

(最終医科学研究所 所長室)

卯月「お仕事がはかどらないって?」

雪「その…はい…」

卯月「面接の時、機関長に言われたでしょ?」

雪「………はい…ですが、その…」

雪はもじもじしていた。

雪「わ…私…ここに来てから急に…たくさんの男の人に声をかけられるようになって…」

卯月は少々驚いた。

卯月「あれ?じゃあ、今までは?」

雪「誰からも…私、モテな…かった、んです…」

遠巻きにされてきた境遇は過去形になり、

それと引き替えに彼女は「多忙」になった。

卯月「恋人とかいないの?」

雪「いません…」

卯月「じゃあよりどりみどりじゃない。付き合っちゃいなよ誰かと」

雪「う…その…それは…」

言い寄ってくる者の中に好みの相手がいない…

などと贅沢なことを言うのはためらわれた。

それでなくても他の女性看護士からすでに嫉妬を受けているのだ。

雪「わ、私っ、職場では…その、恋愛はちょっと」

卯月「ああ、色恋沙汰はお外でしたいのね」

雪「………、その………」

雪は言葉に詰まってしまった。

職場と職員寮を往復する日々の中で、

外部に出会いを求める暇などないように思える。

卯月「お医者さん、嫌い?」

雪「いっ、いいえ、そういうことでは」

卯月「どういう人が好みなの?」

雪「その……お…男らしい…ひと…」

卯月「もうちょーっと具体的にお願い」

雪「………」

学生時代はほぼ日課と化していた行為中、

雪はとある妄想をしていた。

力では到底かなわない屈強な男に激しく犯される…

雪「背が高くて…」

卯月「うん」

雪「肩幅が広くて…」

卯月「うん」

雪「力持ちで…」

卯月「うん」

雪「…心のまっすぐな人…です」

卯月「うーん、そっかー…」

卯月は、全ての条件を満たす医師が

今のところ最終にはいないことを知った。

卯月「じゃあ、こうしようか」

雪「え?」

これが、「ナースエンジェル同盟」発足のきっかけである。

条文には一片の隙もなく、同盟員は律せられた。

雪はしばらくの間、平穏に過ごすことになる。

後に4人の外科医が新たに最終に入所した。

小柄で、酷く冷酷な瞳をした脳外科医。

細身で、少々軽薄な印象のある形成外科医。

平均的な体格で、穏やかな脳外科医。

そして、

雪(…柏崎…先生……)

長身で肩幅が広く、体力があり、心根のまっすぐな胸部外科医。

雪(きっと…彼女くらい…いますよね…)

第一食堂で。

雪は柏崎を盗み見ていた。

会話も盗み聞いていた。

二宮「あー」

矢野「セックスしてぇ」

二宮「あたり」

柏崎「はあ…オレもしたい…つーか彼女欲しい」

雪(え?)

二宮「どうでもいいけど中畑アレは絶対インポだな」

柏崎「どうでもよくはねぇだろwww」

矢野「インポでいいよ中畑はwww」

その後の会話は覚えていない。

雪(柏崎先生、フリーなんだ…!)

雪の頭の中は、それでいっぱいだった。

そして、同盟規約に条文がそっと追加された。

同盟員ですら気づかないほどささやかに、しかし明確に。

「紺野 雪本人から個人的に要望があった場合は

前項までの禁止事項は適用外とする」